1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | 安 | 失 | 本 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
広島 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 3 | 8 | 0 | 1 |
ヤクルト | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 5 | 7 | 0 | 1 |
勝利投手:高橋 奎二(8勝9敗0S) (セーブ:小澤 怜史(6勝6敗11S)) 敗戦投手:床田 寛樹(11勝9敗0S) 本塁打 |
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◆ヤクルトは初回、オスナの適時二塁打で先制する。続く2回裏には、サンタナの3ランなどで4点を挙げ、リードを広げた。投げては、先発・高橋が6回無失点の好投で今季8勝目。なお、引退試合を迎えた青木は1番でスタメン出場し、2安打をマーク。守備では外野の全ポジションに就き、ファンに最後の雄姿を見せた。
◆ヤクルト青木宣親外野手(42)が引退試合に臨んだ。試合前の始球式には青木の長男が登場。捕手役には青木が、バッターボックスには村上宗隆内野手(24)が立った。ヤクルトナインがマウンド付近で見守る中、ボールはノーバウンドで青木のミットに吸い込まれた。これにはスタンドからも大きな拍手が送られた。青木は投球後に長男とハグを交わし、その後の記念撮影時には涙を流す姿も見られた。試合は監督、選手全員が背番号「23」で出場した。青木宣親(あおき・のりちか)1982年(昭57)1月5日、宮崎県生まれ。日向-早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05年にイチローに次ぐプロ野球2人目のシーズン200安打を達成し新人王。10年にプロ野球唯一となる2度目の200安打達成。首位打者3度、最多安打2度、最高出塁率2度、盗塁王1度。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各7度。11年オフにポスティングシステムで大リーグのブルワーズに移籍。アストロズ時代の17年6月に日米通算2000安打達成。18年にヤクルト復帰。21年に初の日本シリーズV。08年北京五輪、06、09、17年WBC日本代表。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。青木の主な記録 NPBでシーズン200安打以上を2度記録したのは青木しかいない。日米通算2728安打(日本1954本、米国774本)はイチローの4367安打に次ぐ2位。ちなみにNPBだけで2728安打以上を打ったのは張本勲3085、野村克也2901、王貞治2786の3人だけだ。通算打率3割1分3厘1毛は4000打数以上で6位(記録は1日現在)。
◆ヤクルト青木宣親外野手(42)の引退試合に、弟子は試合前から涙腺崩壊だった。自主トレをともにするなど、多くの時間をともにしてきた村上宗隆内野手(24)が、ベンチ前での声出しを担当。ただ、その目からは既に大粒の涙があふれ出ていた。顔を真っ赤にしながら「笑顔で行きましょう!」と必死に声を絞り出すと、師の青木は「さぁ、行こう!」と右拳を突き上げ、和やかな雰囲気に変えた。
◆GLAYのTAKURO(53)が君が代演奏を行った。黒のジャケットにサングラス姿で登場。ギター演奏を披露し、親交のある青木宣親外野手(42)の引退試合に華を添えた。演奏後にはサングラスを取り、両ベンチに一礼。グラウンドを引き揚げる際には、青木とハグを交わした。
◆引退試合に臨んでいるヤクルト青木宣親外野手(42)が第2打席で左前打を放った。1点リードの2死一塁で迎えた2回の第2打席。カウント1-2から外角高めの直球をレフト前に運び「最後の試合で1本ヒットが出てホッとしてます」と振り返った。青木の安打で好機を拡大したヤクルトは、続く長岡の右翼線への適時二塁打とサンタナの右翼席へ飛び込む17号3ランでリードを5点に広げた。
◆ヤクルトが特別演出を実施した。引退試合に臨んでいる青木宣親外野手(42)の門出を祝し、5回裏終了時に200発の花火が打ち上げられた。青木もベンチに座り、花火を眺める姿がビジョンに映し出された。青木は05年、10年と2度の「200安打」を達成した。
◆動画は下記Xロゴをクリックすると見られます/1番 センター 青木\世界に輝く安打製造機#青木宣親 伝説の最終章へ?プロ野球(2024/10/2)?? ヤクルト×広島??Live on DAZN#DAZNプロ野球#swallows pic.twitter.com/4SI3of38yM
◆GLAYのTAKURO(53)が君が代演奏を行った。黒のジャケットにサングラス姿で登場。ギター演奏を披露し、親交のある青木宣親外野手(42)の引退試合に華を添えた。演奏後にはサングラスを取り、両ベンチに一礼。グラウンドを引き揚げる際には、青木とハグを交わした。以下、演奏後のTAKURO一問一答-君が代演奏を終えられてまず国歌を演奏するという、こういった栄誉あるチャンスがなかなかなかったので、まず青木君に最初聞いたとき、もしGLAYで来てくれと言われたら、メンバーに頭を下げて『みんなで行こうよ』と言って、きっと彼らはOKしてくれると思うので、行こうかなと思っていて。ところが電話が来て、その時僕はロスのレストランにいたんですけれど、電話取った瞬間に『言いたいことはわかる。もちろんOKだよ』と言いました。そうしたら『ありがとうございます。TAKUROさん一人で国歌をお願いしたいんです』と言われて。『GLAYじゃなくて? GLAY全員のほうが豪華だよ』って言ったら『ここはTAKUROさんで』と言ってくれて。そこからは国歌を演奏するという大役、素晴らしいプレーヤーである青木君の最後の日に、青木君がそういうのであれば、それはきっと彼にとっても、ファンにとっても、皆さんにとっても正しいことなのかなと思って引き受けましたけども。そこからは今日の日のことばかり考えていました。-親交が深い青木選手のこれまでの現役生活をどういう風に見てきた実はパパ友なんですよね。スタートは。子供たちの関係で知り合うことができて。ミュージシャンの僕と立場は違いますが、同じく人に夢を与えるプロ野球選手という青木君のいろいろな姿を見てきました。ヤクルトで大活躍していた時、そして、メジャーへの挑戦。僕はアメリカで何試合か見に行かせていただきました。そして、彼の喜びと苦悩みたいなものを時々話してくれたりしていて、それでも挑戦し続ける姿勢に、僕自身励まされ続けてきたので。帰ってきてからの数年間も、彼は自分の限界との挑戦だったと思うので、やり切ったなと。今日で現役は引退だけれど、彼はスワローズの歴史をつくった一人になるでしょうし、彼の背中を見て、彼のようにたくさんの人に夢を与える、そんな選手はこれからも出てくるんじゃないかと思いますので、むしろ青木君のこれからの人生と、これからのスワローズに期待したいと思います。またスワローズの応援をしにこの場所に戻ってきたいと思います。-青木選手が現役引退を決断してからどんな会話をされたかすべての仕事はそうでしょうけれど、一つの終わりを迎えても、それで人生が終わるわけではないという話は何年間かしてきました。たまにふざけて、こんなことしてみたら? とか、全然違う世界に飛び込んでみたら? ということも話してみたり、やっぱりミスタースワローズなんだからこれからも長くヤクルトに貢献できる何かをしたらいいんじゃないかということなども話しましたし。そういう意味ではざっくばらんに、青木君の次の人生の話を、そして僕自身の話も聞いてもらったり。彼はあれだけ愛されるキャラクターの持ち主なので、今までの経験を生かして、次の世代の人たちに何かメッセージを残すような人ではあると思います。そして僕はこれからも友人であり、彼のファンであり続けると思います。
◆引退試合に臨んでいるヤクルト青木宣親外野手(42)が第4打席で右翼線に二塁打を放った。6回2死走者無しで迎えた第4打席。1ストライクから真ん中低めの直球を捉えると、打球は一塁手の頭上を越える二塁打となった。2回の第2打席にも左前安打を放っており、これでマルチ安打とした。
◆動画は下記Xロゴをクリックすると見られます/花道を彩る競演\共に立つ最後のグラウンド#石川雅規 盟友へ捧ぐ登板?プロ野球(2024/10/2)?? ヤクルト×広島??Live on DAZN#DAZNプロ野球#swallows pic.twitter.com/6kT8QTvM4w
◆ヤクルト石川雅規投手(44)が3番手として登板した。5点リードの7回2死二、三塁。2番手サイスニード投手(32)の後を受けてマウンドに上がった。23年7月6日のDeNA戦(横浜)以来となる中継ぎ登板は、菊池に左中間への2点適時打、続く二俣に右前打を浴びたが、田村を左飛に抑えピンチを脱した。降板時には引退試合に臨んでいる青木宣親外野手(42)とマウンド後方付近で抱擁を交わした。
◆広島が敗れて4位以下が確定し、CS進出がなくなった。9月を首位で迎えたチームが、Bクラスに沈むのはプロ野球史上初めて。
◆最後まで華麗に舞った。球界野手最年長42歳のヤクルト青木宣親外野手が、広島戦で引退試合に臨んだ。ヤクルトの選手や監督ら全員が青木の背番号「23」を背負い、青木の登場曲を演奏するロックバンド「GLAY」の曲を使用。青木一色に染まった神宮で、慣れ親しんだ「1番中堅」でスタメン出場し、マルチ安打をマーク。日米通算21年の希代のバットマンは、惜しまれながらユニホームを脱いだ。神宮に「23」が、あふれた。青木を筆頭に、他の選手、高津監督、コーチ陣も全員が背番号「23」を背負った。一塁側だけではなかった。球団マスコット「つば九郎」も、ボールボーイも、青木の「23」を背中に刻んだ。視覚だけではなく、聴覚も青木一色に染まった。ヤクルトの面々は、全員が登場曲を変更。青木の"出ばやし"はGLAYの「BELOVED」で、それにちなみ、村上も、オスナも、サンタナもGLAYの曲で打席へ向かった。青木の表情が一段と明るくなったのは、5点リードの7回の守り。2死二、三塁で球界最年長44歳の石川が、右翼側のブルペンから静かにマウンドへ向かった。青木も中堅からマウンドへ。盟友と抱き合うと、石川から「お疲れさま」と声をかけられ、うれしそうに外野へ戻った。酸いも甘いも知るベテラン2人。2点を失ってから3アウト目を奪うと、石川はベンチに戻らず、マウンド付近で青木を待った。青木も一目散に石川の元へ。さらに熱い抱擁で言葉を交わし、石川から腰付近をたたかれた。石川の目には光るものがあった。師と仰ぐ村上は、試合前から涙腺が崩壊した。声出しを任されたが、顔を真っ赤にして「笑顔で行きましょう!」と、絞り出すので精いっぱい。見かねた青木が右拳を突き上げ「さぁ、行こう!」と子どものように、はしゃぎ、場を和ますしかなかった。日米通算21年。最後とは思えないほど、にぎやかだった。試合前練習では、徳永英明の「レイニーブルー」が、神宮に流れた。ただ、これは青木のカラオケバージョン。体を張った青木は「ありがとう」と自虐ネタで笑いを取った。2回の第2打席に痛烈な左前打を放てば、6回の第4打席では右翼線への二塁打。引退とは思えない、いつもの青木が神宮にいた。【栗田尚樹】青木の主な記録 NPBでシーズン200安打以上を2度記録したのは青木しかいない。日米通算2730安打(日本1956本、米国774本)はイチローの4367安打に次ぐ2位。ちなみにNPBだけで2730安打以上を打ったのは張本勲3085、野村克也2901、王貞治2786の3人だけだ。通算打率3割1分3厘2毛は4000打数以上で6位。青木宣親(あおき・のりちか)1982年(昭57)1月5日、宮崎県生まれ。日向-早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05年にイチローに次ぐプロ野球2人目のシーズン200安打を達成し新人王。10年にプロ野球唯一となる2度目の200安打達成。首位打者3度、最多安打2度、最高出塁率2度、盗塁王1度。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各7度。11年オフにポスティングシステムで大リーグのブルワーズに移籍。アストロズ時代の17年6月に日米通算2000安打達成。18年にヤクルト復帰。21年に初の日本シリーズV。08年北京五輪、06、09、17年WBC日本代表。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。
◆ヤクルトが序盤のリードを守り切り、青木宣親外野手(42)の引退試合を勝利で飾った。初回、2死一、二塁からオスナが左中間への二塁打を放ち先制。続く2回にも2死一、二塁から長岡の右翼線への適時二塁打とサンタナの右翼席へ飛び込む17号3ランで、リードを5点に広げた。投げては先発高橋奎二投手(27)が6回1安打無失点の好投。石川雅規投手(44)も3番手でマウンドに上がるなど、青木の引退試合に華を添えた。青木は2回の第2打席に左前打、6回の第4打席には右翼線への二塁打を放ち、4打数2安打の活躍を見せた。
◆試合後に行われたヤクルト青木宣親外野手(42)の引退セレモニーに、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏(50)がビデオメッセージを寄せた。イチロー氏は「21年間の現役生活、お疲れさまでした。大学からプロの世界に入って2700本を超えるヒット、見事でした。高校からだったら3000本だったら楽勝だったね。もし同じ時代に同じ条件で勝負していたらどっちがよりヒットを打ったか。そんなことを想像させてくれたバッターでした」と評した。続けて「一緒に戦った06年、09年のWBCではずいぶんと助けてもらいました。当時は世代の違う若くて生きのいい選手と思っていたけど、そんな青木が日本球界では野手では最年長、大ベテランになったんだね」と話した。最後に「でも僕にとっては数少ない、ずっと変わらないかわいい後輩です。今日の特別な日の最後を、スワローズファンのみなさん、青木宣親ファンのみなさんの前でバシッと決めてください。オフになって時間ができたら球場に顔を見せにきてください、一緒にキャッチボールでもやりたいね。じゃあ最後、バシッとな。お疲れさま」とねぎらった。
◆青木コールが鳴り響く中、広島新井貴浩監督(47)は神宮を後にした。引退試合で緑色に染まる敵地で引き立て役に回った。ヤクルトにとって特別な試合は、広島にとっても負けられない一戦だった。だが、先発床田が今季最短2回5失点で降板。打線は9回までに2点差とするも、追いつく力まではなかった。4連敗で逆転CSの可能性が消滅し、4位が確定。9月を首位で迎えたチームがBクラスでシーズンを終えるのは、プロ野球史上初という不名誉な記録となった。新井監督は「あと2試合あるので。全部終わってから振り返りたい。今日もたくさん応援に来ていただいている。残り2試合、いい試合をお見せできるように頑張りたい」と悔しさはのみ込んだ。シーズン終盤までは、広島がセ・リーグのペナントレースの主役だった。前半戦のチーム防御率2・16を誇った投手陣を中心に、守り勝つ野球を徹底。後半戦に入っても安定した戦いを続け、8月1日に首位に浮上。同29日に一時は2位となるも、同31日に首位に返り咲き9月戦線を迎えた。勝負の9月に、チームは一気に崩れた。シーズン通して課題だった得点力不足は変わらず。8月まで踏ん張っていた投手陣が崩れる試合が増えても、援護できなかった。この日も床田が1回に先制を許すと、2回は2死から投手高橋、青木の連打から4失点。9月以降のチーム防御率は4・30まで悪化した。打線に5点差を跳ね返す力もなかった。静かに、そしてあっけなく新井広島の2年目の戦いが終わった。首位から陥落した9月5日以降、4勝20敗の大失速。シーズンの負け越しも決まった。来季へ向け、脇役に甘んじたこの悔しさを忘れてはいけない。【前原淳】▽広島床田(今季最短2回5失点で9敗目)「結果がすべてなので、それだけです。実力不足。また来年頑張ります」▽広島秋山(2年ぶりBクラスに)「監督の起用に選手が応えられなかった。特に野手は投手を助けられた試合も少なかったし、最後まで投手に助けてもらいながらだった。やることはいっぱいあると思います」
◆広島がヤクルトに敗れて、2年ぶりBクラスとなる4位が確定した。先発床田は今季最短2回5失点で降板。打線は終盤に2点差まで詰め寄るも、追いつくことはできなかった。4連敗で借金4。2試合を残し、シーズンの負け越しも決まった。試合後の広島新井貴浩監督(47)の談話は以下の通り。-床田は立ち上がりに失点重ねた新井監督 去年もそうだったけど、暑くなってから真っすぐが行かなくなって、かわし始めてつかまえられるという感じだと思う。本人も分かっていると思うので、それを課題として、また来シーズンに向けて頑張ってもらいたい。-青木の引退試合という独特な空気があった新井監督 それは関係ないと思う。-打線について新井監督 みんな粘り強くやってくれたと思うけど、やっぱり先発投手から点を取らないといけないなと思う。-2年ぶりBクラスが確定した新井監督 あと2試合あるので。全部終わってから振り返りたい。今日もたくさん応援に来ていただいている。残り2試合、いい試合をお見せできるように頑張りたい。
◆試合後にヤクルト青木宣親外野手(42)が引退セレモニーに臨み、涙のスピーチで思いの丈を口にした。「ついにこの瞬間が来てしまいました。こんなに盛大に送り出してくれたファンの皆さん、球団関係者の皆さん、心より感謝を申し上げます。最後まで残ってくれた広島カープファンの皆さん、関係者の皆さん、本当にありがとうございます」とあいさつ。続けて「気づけばプロに入って21年間、夢中になって突っ走ってきました。引退発表後、各球団の方々の心温まるセレモニー、本当にうれしかったです。出会いは何事にも代えがたい大切な宝物です。プロに入って21年、自分の生き方は間違っていなかったと、出会った皆さまが日々教えてくれました。自分に関わってくださった皆さんに感謝しています。本当にありがとうございます」と感謝した。「いつも信じてくれた両親、ヘトヘトな体を治療し続けた院長、本当にありがとう。そして、頑張り屋の妻、佐知。いつもそばにいてくてくれてありがとう。佐知がいなければ、ここまで野球を続けることはできませんでした。心折れそうな時に自分の話を聞いてくれたり、励ましてくれてありがとう。そして2人の子供たち。『ナイスヒット』って言ってくれるのがうれしくて、パパは頑張りました。いつも応援ありがとう」「アメリカから帰ってきて、素晴らしい仲間に囲まれ、本当に豊かなものになりました。その仲間たちに囲まれこうやって送り出してくれること、本当にうれしく思います。本当にありがとう」と周囲のサポートにも感謝の思いを口にした。最後に「いつも応援してくれたファン、いつも本当に温かい声援をありがとうございました。そして、この自分が愛したこの球団をよろしくお願いします。また会いましょう。本当にありがとうございました」と結んだ。
◆ヤクルト高津監督が、涙ながらに青木の引退を惜しんだ。「今日に限ってはもうノリの試合だと。勝って送り出すのが一番彼にとって幸せなことだと思うので、全力尽くして勝ちにいきました」。青木との過去の思い出を振り返り「デッドボール食らって、頭にも食らって、でもまた踏み込んで、ベースに近くに立って打っていく姿勢、姿っていうのはまねできないと思います」と最敬礼だった。
◆番長DeNAがCS進出を決めた。セ・リーグ王者の巨人に敗れたが、4位広島がヤクルトに敗れたため、3位でのフィニッシュが確定した。三浦大輔監督(50)の就任2年目、22年から3年連続でAクラス入り。最後に優勝した98年を含む、97年から01年の5年連続以来となった。シーズンは残り4試合。12日からのCSファーストステージ(甲子園)に向けて、万全の状態を整える。三浦監督はいつも通りの穏やかな声色でCS進出を受け止めた。「CSに向けて、それまでの期間をしっかり使ってやっていきたいと思います」。4試合を残して順位が確定。2位→3位→3位と3年連続でのAクラス入りで、自身も一員として最後に優勝した98年を含む、97年から01年の5年連続以来となった。7月下旬から8月上旬にかけては悪夢のような9連敗を喫して上位争いから脱落。Aクラスから最大6ゲーム差まで離された。それでも8月後半から台風での4試合中止を挟んで今季2度目の6連勝。2連勝目となった8月27日の試合前には主将の牧がナインを集めてミーティングを開いた。「勝ち切る覚悟」という後半戦のスローガンを掲げて1つにした。"台風休み"明け直前には筒香がナインを集めて「目の色を変えてやっていこう」とスピーチ。試合間隔が空いたチームを引き締めて、連勝ムードをつないだ。Aクラスは死守したが、またしても優勝には届かなかった。12球団最長ブランクを更新する26年連続のV逸。三浦監督は「優勝できなかったということで、悔しい思いもしましたけど、まだ終わりじゃない」と前を向いた。優勝した巨人には8勝16敗1分け。この日も先発のルーキー右腕・石田裕が6回4失点と粘るも、打線が2得点と援護しきれなかった。8つの負け越しが決まった今季の対巨人について、指揮官は「負けすぎです。もう1回、ここに戻って来られるように。次はCSから勝ち上がっていけるように」とCSファイナルステージで王者にリベンジし、17年以来7年ぶりの日本シリーズ進出を見据えた。本拠地最終戦となる3日は阪神を迎える。その相手と、12日から甲子園でCSファーストステージを戦う。「ベストな状態で全体が入っていけるようにやっていきます」と三浦監督。下克上の準備を整える。【小早川宗一郎】DeNAのリーグ3位が確定し、3年連続でCSに進出。前身球団を含め、チームの3年以上連続Aクラスは69~71年、97~01年に次いで23年ぶり3度目。CSが始まった07年以降では球団初となった。
◆ヤクルト村上宗隆内野手(24)が師匠の最後の雄姿を目に焼き付けた。引退試合で4打数2安打と活躍した青木について「いや、さすがやなって思って見ていました」と改めて尊敬のまなざしを向けた。自身は「4番三塁」でスタメン出場も4打数無安打。「ちょっと力み過ぎて打てなかったですけど」と苦笑いも「最後は勝って試合を終われたので、すごくうれしいです」と喜んだ。
◆ヤクルト石川雅規投手(44)が青木宣親外野手(42)の引退を寂しがった。5点リードの7回2死二、三塁から3番手で登板。菊池に左中間への2点適時打、続く二俣に右前打を許したが、田村は左飛に抑えた。この日の登板について「やっぱりいつもセンターを向くと青木がいたので、最後そういう場面で投げられたのが本当にうれしかったですね」と振り返った。降板時には青木とマウンド後方付近で抱擁と握手を交わし、握手した手をなかなか離さなかった。「いや、離したくなかったですね」と話した上で「やっぱり青木との19年ですからね。すごく内容の濃い時間だったので。やっぱりすごく寂しい思いが強いですね」としみじみと語った。
◆涙、涙、涙の最後の舞だった。球界野手最年長42歳のヤクルト青木宣親外野手が、引退試合に臨んだ。「1番中堅」でスタメン出場し、マルチ安打をマーク。試合後の引退セレモニーでは、元メジャーリーガーのイチロー氏(50)もサプライズで登場。日米通算21年の希代のバットマンは、惜しまれながらユニホームを脱いだ。真っ暗な神宮。マウンド付近にスポットライトが注がれた。光を一身に浴びる青木は、我を失った。早大時代の恩師・野村徹氏(87)が引退セレモニーに姿を見せたところで、涙腺が崩壊した。妻、長女、長男が駆け寄り、泣き笑い。バックスクリーンにイチロー氏が登場すると、おえつが止まらなかった。スタンドマイクの前に立つと、こらえきれなかった。「頑張り屋の妻佐知。いつもそばに居てくれてありがとう。佐知がいなければ、ここまで野球を続けることはできませんでした。心折れそうな時に自分の話を聞いてくれたり、励ましてくれてありがとう」。感謝の言葉が続いた。ファンからの「泣かないで」の声に「泣きますよ。泣くよ。21年も野球やったんすよ。泣きますよ」と訴えた。球場が「23」で包まれた。選手、高津監督、コーチ陣も全員が青木の背番号「23」を背負った。球団マスコット「つば九郎」も、ボールボーイも「23」を背中に刻んだ。視覚だけではなく、聴覚も青木一色。ヤクルトの面々は、全員が登場曲を変更。青木の"出ばやし"はGLAYの「BELOVED」。それにちなみ、村上も、オスナも、サンタナもGLAYの曲で打席へ向かった。盟友の石川が登板すると、青木は中堅からマウンドへ向かった。熱い抱擁。「お疲れさま」と声をかけられ、うれしそうに外野へ戻った。石川は「やっぱりいつもセンターを向くと青木がいたので、最後そういう場面で投げられたのが本当にうれしかった」。イニング終わりの2人の握手は長く、石川は「離したくなかったですね」と名残惜しんだ。高津監督の粋な計らいで、中堅から左翼、右翼と外野の全ポジションに就いた。2回の第2打席に痛烈な左前打を放ち、6回の第4打席では右翼線へ二塁打。試合前練習では歌手・青木宣親のカバーによる徳永英明「レイニーブルー」を流し、体を張って笑いを取った。その笑顔は、試合後にくしゃくしゃに。「ついにこの瞬間が来てしまいました」。暗闇の中で絞り出す声に、寂しさが入り交じっていた。【栗田尚樹】青木の主な記録 NPBでシーズン200安打以上を2度記録したのは青木しかいない。日米通算2730安打(日本1956本、米国774本)はイチローの4367安打に次ぐ2位。ちなみにNPBだけで2730安打以上を打ったのは張本勲3085、野村克也2901、王貞治2786の3人だけだ。通算打率3割1分3厘2毛は4000打数以上で6位。青木宣親(あおき・のりちか)1982年(昭57)1月5日、宮崎県生まれ。日向-早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05年にイチローに次ぐプロ野球2人目のシーズン200安打を達成し新人王。10年にプロ野球唯一となる2度目の200安打達成。首位打者3度、最多安打2度、最高出塁率2度、盗塁王1度。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各7度。11年オフにポスティングシステムで大リーグのブルワーズに移籍。アストロズ時代の17年6月に日米通算2000安打達成。18年にヤクルト復帰。21年に初の日本シリーズV。08年北京五輪、06、09、17年WBC日本代表。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。
◆広島は4連敗で逆転CSが消滅した。床田は今季最短2回5失点。打線は序盤の5失点を追いつけなかった。9月を首位で迎えたチームがBクラスで終えるのは、プロ野球史上初。新井監督は「全部終わってから振り返りたい。今日もたくさん応援に来ていただいている。残り2試合、いい試合をお見せできるように」。首位陥落した9月5日以降、4勝20敗の大失速。外国人野手2人が開幕3戦目に離脱し、シーズン途中退団。ハッチは未勝利のまま。勝ちパターンに定着したハーンの契約更新は決定的だが、外国人選手の働きも誤算だった。
◆涙、涙、涙の最後の舞だった。球界野手最年長42歳のヤクルト青木宣親外野手が、引退試合に臨んだ。「1番中堅」でスタメン出場し、マルチ安打をマーク。試合後の引退セレモニーでは、元メジャーリーガーのイチロー氏(50)もサプライズで登場。日米通算21年の希代のバットマンは、惜しまれながらユニホームを脱いだ。青木の主な記録 NPBでシーズン200安打以上を2度記録したのは青木しかいない。日米通算2730安打(日本1956本、米国774本)はイチローの4367安打に次ぐ2位。ちなみにNPBだけで2730安打以上を打ったのは張本勲3085、野村克也2901、王貞治2786の3人だけだ。通算打率3割1分3厘2毛は4000打数以上で6位。青木宣親(あおき・のりちか)1982年(昭57)1月5日、宮崎県生まれ。日向-早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05年にイチローに次ぐプロ野球2人目の200安打を達成し新人王。10年にプロ野球唯一となる2度目の200安打達成。首位打者3度、最多安打2度、最高出塁率2度、盗塁王1度。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各7度。11年オフにブルワーズ移籍。アストロズ時代の17年6月に日米通算2000安打達成。18年ヤクルト復帰。21年に初の日本シリーズV。08年北京五輪、06、09、17年WBC日本代表。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。
◆球界野手最年長のヤクルト・青木宣親外野手(42)が、引退試合を迎え、21年間のプロ野球人生を締めくくる。試合前練習では、青木が打撃ゲージに入ると突如として「本日はぜひ神宮球場で聴いていただきたいと思い、ご用意いたしました。それではお聴きください、青木宣親選手で『レイニーブルー」とのアナウンスが流れた。青木が「バッティング、行きまーす!」と声を張り上げると同時に響き渡ったのは、2022年の沖縄・浦添キャンプでも流された青木が熱唱する德永英明の「レイニーブルー」。打撃練習のBGMとして流れ、選手たちの笑い声も響いた。歌が終わると、バッティング中の青木が「ありがとーう! サンキュー!」と絶叫して、感謝を伝えた。
◆ヤクルトの選手全員が、今季限りで現役を引退する青木宣親外野手(42)の背番号「23」の特別ユニホームを着用して、グラウンドに姿を見せた。この日の一戦は青木の引退試合として開催され、粋な演出が施された。試合前のセカンドアップで披露された。青木のユニホームにのみ、「23」の上に「AOKI」の文字が刻まれている。
◆ヤクルト・山田哲人内野手(32)が試合前練習後に取材に応じ、青木宣親外野手(42)の引退試合として行われる一戦への思いを打ち明けた。「もう、本当に感謝しかないから。自分自身もノリさんと一緒に野球ができることにうれしさというか、感謝の気持ちを持って皆で送り出せたらいいなと思います」打撃練習では2つある打撃ゲージで並んでフリー打撃を実施。守備練習の前には、ペアを組んでキャッチボールを行った。「やっぱ、ずーとバッティングも横で打っていたし、その後に一緒にキャッチボールもしてきた。それがきょう最後なのかなと思うと、泣いちゃったね。もうだめだ。もう泣いちゃう」と本音を明かし、「勝って送り出せたらいい」と力を込めた。
◆球界野手最年長のヤクルト・青木宣親外野手(42)の引退試合として行われ、青木の長男(11)が始球式に登場した。捕手は青木が務め、打席には村上が入る中、長男は見事なノーバン投球を披露。青木はマウンドとホームベースの中間で愛息と抱き合うと、目を赤くして涙をこらえた。その後はマウンド付近でナインらと記念撮影。青木は山田や村上らスタメン選手の一人一人と熱い握手を交わした後に守備位置へと向かった。
◆引退セレモニーでナインとともに場内一周するヤクルト・青木宣親(右)=神宮球場(撮影・長尾みなみ)
◆ヤクルト・青木宣親外野手(42)の引退試合で助っ人コンビが躍動した。まずは一回、来日4年目のホセ・オスナ外野手(31)だ。2死一、二塁から左中間へ適時二塁打を放って先制点をもたらし「今日は特別な試合なのでなんとか先制して勝利したいと思っていた」とうなずいた。続いてドミンゴ・サンタナ外野手(32)。二回2死一塁から「1番・中堅」で先発出場した青木が左前打。続く長岡の右翼線への適時二塁打で1点を加え、なお二、三塁の場面で右翼越えの17号3ランを放ち「ノリさんに捧げる一振りです」とコメントした。
◆ヤクルト・青木宣親外野手(42)が引退試合でHランプをともした。1ー0の二回2死一塁で迎えた第2打席。カウント1ー2から広島先発・床田の速球を捉え、左前に運んだ。日米通算2729安打とし、「最後の試合で1本ヒットが出てホッとしています」とコメント。続く長岡の右翼線への適時二塁打で三塁へと進み、サンタナの17号3ランでホームに生還した。この日はヤクルトの選手全員が青木の背番号「23」をつけて出場。ホームベース付近でサンタナが「23」を誇示するように自身の胸元をつかんでユニホームを揺らし、青木は抱き合って喜びを分かち合った。
◆ヤクルトが6連勝。高橋は6回1安打無失点で8勝目。サイスニード、石川、ロドリゲスとつないで小沢が11セーブ目。一回にオスナの二塁打で先制。二回に長岡の二塁打とサンタナの3ランで4得点。広島は4連敗で4位が確定した。
◆ヤクルトの高橋はストライク先行の投球を見せ、6回1安打無失点で2022年の自己最多に並ぶ8勝目を挙げた。尊敬しているという青木の引退試合。独特の雰囲気の中で好投し「特別な試合なので集中して投げることを意識した」と気持ちがこもっていた。四回無死一塁では、矢野を遊ゴロ併殺打、小園を一ゴロに打ち取った。「野手に援護してもらってリズム良く投げることができた」と話した。
◆ヤクルト・青木宣親外野手(42)の引退試合。青木のスピーチの前に、日米通算4367安打を記録したイチロー氏(50)=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター=がVTRで登場。青木に「最後バシッと!」とメッセージを送ってから、青木が涙を浮かべてスピーチを行った。以下全文。イチローさん!バシッと決められるかわかんないけど、とにかくしゃべります。思いを。ついにこの瞬間が来てしまいました。こんなに盛大に送り出してくれたファンの皆さん、球団関係者の皆さん、心より感謝を申し上げます。最後まで残ってくれた広島カープファンの皆さん、関係者の皆さん、本当にありがとうございます。気付けばプロに入って21年間、夢中になって突っ走ってきました。引退発表後、各球団の方々の心温まるセレモニー、本当にうれしかったです。出会いは何事にも代えがたい大切な宝物です。プロに入って21年。自分の生き方は間違っていなかったと、出会った皆さまが日々教えてくれました。自分に関わってくださった皆さんに感謝しています。本当にありがとうございます。いつも信じてくれた両親、ヘトヘトな体を治療した院長、本当にありがとう。そして、頑張り屋の妻、佐知。いつもそばにいてくれくれてありがとう。佐知がいなければ、ここまで野球を続けることはできませんでした。心折れそうなとき、自分の話を聞いてくれたり、励ましてくれてありがとう。そして、2人の子供たち、『ナイスヒット』って言ってくれるのがうれしくて、パパは頑張りました。いつも応援ありがとう。(スタンドから『泣かないで!』と声が飛ぶ)泣きますよ...泣くよ! 21年も野球やったんすよ! 泣きますよ。アメリカから帰ってきて、素晴らしい仲間に囲まれ、本当に豊かなものになりました。その仲間たちに囲まれ、こうやって送り出してくれること、本当にうれしく思います。本当にありがとう。いつも応援してくれたファン、いつも本当に温かい声援をありがとうございました。そして、この自分が愛したこの球団をよろしくお願いします! また会いましょう。本当にありがとうございました。青木は本拠地を舞台にスターティングメンバーに名を連ねた。「1番・中堅」でスタメン起用されるのは2018年4月22日のDeNA戦以来、2355日ぶり。この日は日米通算21年間で2483試合目。4打数2安打で日米通算2730安打に積み重ねた。慣れ親しんだ〝定位置〟で有終の美を飾り、21年間の現役生活を締めくくった。
◆ヤクルト・青木宣親外野手(42)の引退試合。日米通算4367安打を記録したイチロー氏(50)=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター=がVTRでサプライズ登場し、スピーチ前の青木に「最後バシッと!」とエールを送った。以下、イチロー氏のメッセージ全文。21年間の現役生活お疲れ様でした。大学からプロの世界に入って、日米通算2700本を超えるヒット。見事でした。高校からだったら3000本は楽勝だったね。もし同じ時代に同じ条件で勝負していたら、どっちがよりヒットを打ったのか。そんなことを想像させてくれるバッターでした。一緒に戦った2006年、2009年のWBCではずいぶんと助けてもらいました。当時は世代の違う、若くて生きのいい選手だと思っていたけど、そんな青木が日本球界では野手として最年長、大ベテランになったんだね。でも、僕にとっては数少ない、ずっと変わらない可愛い後輩です。今日の特別な日の最後は、スワローズファンの皆さん、青木宣親ファンの皆さんの前でバシッと決めてください。そして、オフになって時間ができたら、また球場に顔を見せに行ってください。一緒にキャッチボールでもやりたいね。じゃあ最後バシッとだ。お疲れ様。青木は本拠地を舞台にスターティングメンバーに名を連ねた。「1番・中堅」でスタメン起用されるのは2018年4月22日のDeNA戦以来、2355日ぶり。この日は日米通算21年間で2483試合目。4打数2安打で日米通算2730安打に積み重ねた。慣れ親しんだ〝定位置〟で有終の美を飾り、21年間の現役生活を締めくくった。
◆ヤクルトの村上は師匠と仰ぐ青木の引退試合を勝利で飾り、感慨深げだった。自身は4打数無安打だったが、青木は2安打し「さすが」と最後まで尊敬のまなざしを向けた。「僕自身はちょっと力みすぎて打てなかったけど、勝って試合が終わったので、すごくうれしい」と語った。青木と自主トレーニングをともにし、成長して三冠王にも輝いた。「(青木の)人柄やプレーしている姿に多くのファンの方が心を打たれてると思う」としみじみ語った。
◆広島は4連敗で4位が確定した。残り2試合で3位DeNAとのゲーム差は3のままとなり、2年連続でのクライマックスシリーズ出場の可能性が消滅。試合後の新井貴浩監督(47)の一問一答は次の通り。──床田は2回6安打5失点で9敗目(11勝)を喫した。立ち上がりに失点「去年もそうだったけど、暑くなってから真っすぐがいかなくなって、かわし始めて捕まえられるという感じだと思うよね、見ていて。本人もわかっていると思うので、それを課題として、また来シーズンに向けて頑張ってもらいたい」──この日はヤクルト・青木の引退試合。神宮球場は独特の空気があった「それは関係ないと思うよね」──打線は5点を追う七回に2得点、九回には坂倉のソロで反撃「みんな粘り強くやってくれたと思うけど、やっぱり先発投手から点を取らないといけないなと思う」──4位が順位が確定した「そうだね。全部を振り返るのは、あと2試合ある。全部、終わってから振り返りたいと思います。あとはきょうもたくさん応援しに来ていただいているので、あと残り2試合、いい試合をお見せできるように頑張りたいと思います」
◆ヤクルトの44歳、石川がともに長くチームを支えてきた42歳の青木の引退試合で腕を振った。七回途中から登板して安打2本を打たれたが、田村を左飛に打ち取った。「いつもセンターを向くと青木がいた。最後そういう場面で投げられたのが本当にうれしかった」としみじみ語った。ベンチに戻る際には、盟友とがっちりと握手を交わし、なかなかその手を離さなかった。「やっぱりすごく寂しい思いが強い」と話した。高津監督(青木の引退試合で白星)「勝って送り出すのが一番彼にとって幸せなことだと思うので、全力を尽くして勝ちにいった」山田(青木に)「泣いちゃった。寂しい気持ちが強い」
◆球界最年長の44歳で来季も現役を続行する石川雅規投手が、盟友である青木の引退試合ではなむけ登板した。「ノリと一緒にプレーするのを、目に焼き付けたい」と話していた左腕は、5-0の七回2死二、三塁から3番手でマウンドに上がり、青木と同じ背番号23を背負って投球。菊池に2点打、二俣に右前打を許したが、田村を左飛に抑えた。中堅から戻ってくる青木をマウンド付近で待ち、握手と抱擁を交わしてベンチに戻った。
◆ヤクルト・青木宣親外野手(42)の引退セレモニーで、2006年、09年のWBCでともに戦ったイチロー氏がVTRでサプライズ登場。日米通算4367安打を記録したレジェンドは「もし同じ時代に同じ条件で勝負していたら、どっちがよりヒットを打ったのか。そんなことを想像させてくれるバッターでした」と賛辞を贈った。09年WBCなどで共闘したパドレスのダルビッシュ有投手は「自分が迷ったり苦しんだりしているときはアドバイスをいただいて自分の生きる力になっている」と感謝した。宮崎・日向高野球部監督として青木を指導した田平裕三氏、早大同期の鳥谷敬氏、元ヤクルトのウラディミール・バレンティン氏とスコット・マクガフ投手(現ダイヤモンドバックス)も惜別のビデオメッセージを送った。
◆球界最年長の44歳で来季も現役を続投するヤクルト・石川雅規投手が、2学年下の青木宣親外野手(42)の引退試合ではなむけ登板。5-0の七回2死二、三塁から3番手でマウンドへ。菊池に2点打、二俣に右前打を許したが、田村を左飛に抑えた。石川の試合後の一問一答は以下の通り。--盟友・青木の引退試合を終えて「信じられないっていうのが、本当の気持ち。やっぱりいつもセンターを向くと青木がいたので、最後そういう場面で投げられたのが本当にうれしかったですね」--登板後はマウンド付近で握手。石川さんはなかなか手を離さなかった「離したくなかったですね。なかなか年齢が近い選手がいないっていうのもありますけど、やっぱり青木との19年ですかね、すごく内容の濃い時間だったので、やっぱりすごく寂しい思いが強いですね」--マウンドから見る中堅・青木の姿はどう映ったか「最高に似合っているし、かっこよかったですね」
◆ヤクルト・村上宗隆内野手(24)が、師匠である青木宣親外野手(42)の引退試合に「4番・三塁」で先発出場。自身は4打数無安打に終わったが、師匠との戦う最後の試合を勝利で飾り、笑顔で恩師を送り出した。村上の試合後の一問一答は以下の通り。――青木の引退試合を終えて「ちゃんとした形でノリさんの最後の試合を終われたことはすごくうれしいですし、お疲れさまでしたという気持ちです」――師匠のの2本のヒットはどういう気持ちで見ていたか「いや、さすがやなって思ってみていました」――花束を贈呈した際はどんな会話をしたか「もう本当に、感謝の気持ちを述べて終わりました」――これだけ盛大な引退試合で見送られる青木をどう思うか「いや、もうそれはね、ノリさんがこう今まで21年間、野球界に残してきたものだと思いますし、本当にノリさんの人柄だったり、そういうプレーしている姿だったり、本当に多くのファンの方がね、心打たれていると思うので、本当にそのたまものかなと思いますけど」――皆で背番号23をつけて戦ったことに関して「いや、何かね、こう本当に気持ち良く、皆の感謝の気持ちを伝えて送り出したいなと思っていたので、こういう形でね終わることができて、僕自身、ちょっと力み過ぎてね、あの打てなかったですけど、最後は勝ってね、試合を終われたので、すごくうれしいです」
◆ヤクルト・山田哲人内野手(32)が、青木宣親外野手(42)の引退試合を勝利で飾り、大先輩への感謝の思いを語った。山田の試合後の一問一答は以下の通り。――青木の引退試合を終えて「泣いちゃいましたよ。やっぱり寂しい気持ちの方が強い。でも、感動しました」――背番号の23、1、主将などいろいろ引き継いできた。今度は下の代に引き継ぐ「そういうのはしっかり伝えていきたいと思うし、僕自身もノリさんのルーチンというか試合に入るまでの過程というのをしっかり見てきているので、そういうのを伝えられたらなと思います」――青木はどんな選手「レジェンドですよね。もうみんなが認めているというか、野球の成績もそうですけど、やっぱり人間性もすごく尊敬できる部分はたくさんあるので。やっぱりそういうところなんじゃないかなと思います」――こんなに泣くのは珍しい「もうね。ゆるいよ。涙腺」
◆今季限りで現役を引退するヤクルト・青木宣親外野手(42)が2日、神宮球場で行われた広島23回戦で引退試合に臨み、フル出場して4打数2安打だった。他の選手も青木の背番号23のユニホームでプレーした中で二回に左前打、六回は右翼線二塁打をマーク。日米通算2483試合目で2730安打とし、プロ21年のキャリアに終止符を打った。涙の別れだった。日米通算21年間、2483試合目。現役生活にピリオドを打った引退試合。セレモニーでスポットライトを浴びた青木は、大粒の涙を流しながら言葉を紡いだ。愛するスワローズの仲間へ、ファンへ、最後のメッセージだ。「気づけばプロに入って21年間、夢中になって突っ走ってきました。出会いは何事にも代えがたい大切な宝物です。自分の生き方は間違っていなかったと、出会った皆さまが日々教えてくれました。自分に関わってくださった皆さんに感謝しています。本当にありがとうございます」最後も大好きな神宮球場を駆け抜けた。チーム全員、スタッフまでもが背番号「23」のユニホームを着用。最高のはなむけだった。2万9504人の大観衆の視線の先には、現役最後の試合に臨んだ青木がいる。本拠地では2018年4月22日のDeNA戦以来、2355日ぶりに「1番・中堅」で先発出場した。バットで魅せてきた男は、やはり快音を響かせて締めた。二回2死一塁で鮮やかな左前打を放つと、長岡の右越え適時二塁打で三進し、サンタナの3ランで生還。喜ぶナイン、笑顔の青木。神宮が沸いた。現役最後の打席となった六回2死では、右翼線への二塁打を放って日米通算2730安打。必死に走る姿をファンの歓声が、仲間の応援が後押しした。引退セレモニーでは恩師、先輩、戦友たちがビデオメッセージや花束贈呈で惜別の瞬間を彩ってくれた。チームメートの手で5度胴上げされ、支えあってきた仲間とともに場内を一周した。「素晴らしい仲間に囲まれ、本当に豊かなものになりました。その仲間たちに囲まれ、送り出してくれること、本当にうれしく思います。本当にありがとう」スピーチの最中、スタンドから飛んだ「泣かないでー」の声に「21年も野球をやったんすよ。泣きますよ」と笑って答えた。最後はファンにお願いと、ある約束をした。「自分が愛したこの球団をよろしくお願いします。また会いましょう」ありがとう、青木。また会おう、青木。愛すべきチームで伝説を築いた背番号23は、涙声と歓声がこだまする神宮でユニホームを脱いだ。(赤尾裕希)村上は師匠である青木の引退試合を勝利で飾り、笑顔で送り出した。自身は4打数無安打。「僕自身はちょっと力みすぎて打てなかったけど、勝って試合が終わったので、すごくうれしい」とうなずいた。2安打の青木には「さすがだなと思っていた」と尊敬のまなざしを向けた。引退セレモニーでは花束を贈呈。場内一周では青木の11歳の長男を肩車する姿もあった。
◆今季限りで現役を引退するヤクルト・青木宣親外野手(42)が2日、神宮球場で行われた広島23回戦で引退試合に臨み、フル出場して4打数2安打だった。他の選手も青木の背番号23のユニホームでプレーした中で二回に左前打、六回は右翼線二塁打をマーク。日米通算2483試合目で2730安打とし、プロ21年のキャリアに終止符を打った。大学時代の青木を指導した早大元監督の野村徹さん(87)と、青木と2016年にマリナーズでチームメートだった同学年の岩隈久志氏(43)がサプライズで登場し、花束を贈呈した。青木は早大時代の恩師がグラウンドに姿を見せると、驚いた表情を浮かべて涙を流した。野村監督は「教え子の中で一番成長した。こんなにも盛大な引退試合をやってもらえるなんて、ヤクルト球団に感謝。(二回の)左前打は青木らしいバッティングだった」とたたえた。
◆青木らしく、魅せてくれた。この選手なら、外野のポジションを争い、センターのレギュラーの座を譲ったことも納得できる。現役時代を振り返り、改めてそう思う。うならされたのは、広島のエース左腕、床田から放った二回の左前打。直前に空振りした速球を見事にとらえた。修正能力の高さは、さすがだ。最後の試合まで、それを可能にするのは、練習、研究、工夫の成果だろう。私と現役が重なったのは5年間と短かったが、青木の姿は印象的で刺激的だった。打撃練習では難しい顔で、首をかしげてマシンと向き合う。1球1球、深く考えて打っていた。シーズン中、打撃フォームのマイナーチェンジは、10回どころか20回もあった。誰よりヒットを積み重ねながら、常に真摯(しんし)に取り組み、新しいことにチャレンジする。ヤクルトの若手にはそこを見習ってもらいたい。リーグ連覇を果たしたのは、つい2年前ではないか。陣容と戦力は、大きく変わらないではないか。実績と現状に満足することなく、前進を繰り返せば、光は再び見えてくるはずだ。(サンケイスポーツ専属評論家)
<セ・リーグ順位表推移>
順位 | チーム名 | 勝数 | 負数 | 引分 | 勝率 | 首位差 | 残試合 | 得点 | 失点 | 本塁打 | 盗塁 | 打率 | 防御率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
優勝 (-) |
巨人 |
77 | 59 | 7 | 0.566 (↑0.003) | - (-) |
0 | 462 (+4) | 381 (+2) | 81 (+1) | 59 (-) |
0.247 (↑0.001) | 2.490 (-) |
2 (-) |
阪神 |
73 | 63 | 6 | 0.537 (-) | 4 (↓0.5) |
1 | 482 (-) | 419 (-) | 67 (-) | 39 (-) |
0.242 (-) | 2.520 (-) |
3 (-) |
DeNA |
69 | 67 | 3 | 0.507 (↓0.004) | 8 (↓1) |
4 | 513 (+2) | 495 (+4) | 100 (+1) | 64 (+1) |
0.257 (↓0.001) | 3.110 (↓0.01) |
4 (-) |
広島 |
66 | 70 | 5 | 0.485 (↓0.004) | 11 (↓1) |
2 | 407 (+3) | 416 (+5) | 52 (+1) | 64 (-) |
0.238 (-) | 2.640 (↓0.02) |
5 (-) |
ヤクルト |
62 | 75 | 4 | 0.453 (↑0.004) | 15.5 (-) |
2 | 503 (+5) | 548 (+3) | 102 (+1) | 67 (-) |
0.243 (↓0.001) | 3.650 (↑0.01) |
6 (-) |
中日 |
59 | 73 | 8 | 0.447 (-) | 16 (↓0.5) |
3 | 368 (-) | 470 (-) | 67 (-) | 39 (-) |
0.243 (-) | 3.000 (-) |
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