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ヤクルト
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広島
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勝利投手:九里 亜蓮(8勝4敗0S)
敗戦投手:ブキャナン(9勝11敗0S)
◆広島が球団史上初のリーグ3連覇を果たした。広島は初回、松山、野間、會澤の3者連続適時打などで一挙5点を先制する。その後は5回裏に、野間の適時打、7回には田中と丸の適時打が飛び出すなど、着実に追加点を挙げた。投げては、先発・九里が8回2安打無失点の快投で今季8勝目。敗れたヤクルトは、投打ともに振るわなかった。

◆じらしにじらされた分、勝利の女神がほほ笑み始めた? 優勝マジック1で2位ヤクルトと直接対決を迎えた広島が、初回から鮮やかな先制攻撃を見せた。 先頭田中広輔内野手の中前打と、犠打で1死二塁。ここで丸佳浩外野手が中前に先制打を放った。「前の2人がつないでくれたので何とか食らいつきました。いい先制点になりました」。 鈴木誠也外野手の四球をはさんで1死一、二塁。ここで松山竜平外野手が遊撃に平凡な打球を放ち、併殺打になるかと思われたが遊撃西浦の目の前で大きくバウンドが変わった。二塁打となり「ラッキーです」という2点目が入った。 さらには1死二、三塁から野間峻祥外野手の緩い投ゴロをブキャナンがグラブに当て、二塁山田が逆を突かれて内野安打になり、3点目。野間は「いいところに飛んでくれた。結果的によかった」と笑った。 その後も会沢翼捕手の左前打と安部友裕内野手の中犠飛が出て、合計5点。ヤクルト先発のブキャナンに強烈な先制パンチを見舞った。

◆広島が球団初3年連続となる9度目のリーグ優勝を決めた。今季限りでユニホームを脱ぐ新井貴浩内野手(41)も歓喜に浸った。 9月5日に今季限りでの現役引退を発表。「最後の最後まで全力疾走で駆け抜けたい。日本一になって、みんなとうれし涙で終われれば最高かなと思う」と話していた。まずはリーグ制覇で、チームメートと喜び合った。 駒大から98年ドラフト6位で入団。「たいしたセンスもない。練習することでここまでこさせてもらった。本当に運のいい、周りの方の出会いに恵まれた、運のいい選手だった」と、努力で2200本近い安打を積み上げた。 兄貴と慕う金本知憲(現阪神監督)を追うように、07年オフに涙を流して阪神にFA移籍。14年オフに自由契約となり、広島に復帰すると、16年にはMVPの活躍でチーム25年ぶり優勝の立役者となった。既に引退した黒田博樹氏とともに、グラウンド内外でチーム強化に尽力。この3連覇の期間中、精神的支柱であり続けた。 「人が好き」だと言う。明るく、分け隔てない性格。チームメートに慕われ、アドバイスを求められることもよくある。「年齢とか実績とか関係なく、みんなかわいい」。後輩をいじって笑いを誘い、また結束は強まっていく。新井が今季限りの引退を発表すると、惜しむ声が相次いだ。リーグ制覇の次は1984年以来となる日本一で、有終の美を飾りたい。

◆広島が3年連続9度目のリーグ優勝を飾った。緒方孝市監督は就任4年目で3度目の優勝となった。 ◆緒方孝市(おがた・こういち)1968年(昭43)12月25日、佐賀県生まれ。鳥栖から86年ドラフト3位で広島に入団。95~99年ゴールデングラブ賞、95~97年盗塁王。99年には3割30本塁打をクリアと俊足強打の外野手。09年に現役を引退。通算1808試合、1506安打、241本塁打、725打点、268盗塁、打率2割8分2厘。10年から広島コーチ。現役時代は181センチ、80キロ。右投げ右打ち。

◆広島が球団初3年連続となる9度目のリーグ優勝を決めた。開幕から不安定だった投手陣をエース格で支えたのは、大瀬良大地投手(27)だった。 4戦目まで2勝2敗も、4月29日の阪神戦から7戦7勝と一気に白星を伸ばした。5月は4勝で初の月間MVPも受賞。開幕投手の野村、昨年の最優秀勝率の薮田といった先発陣の不振が続く中で活躍が目立った。 昨オフにはテークバック時の左手を高くする新フォームに改造。元広島の黒田博樹氏の映像を見て参考にした。さらに今年から緩和された2段モーションも追い風になり、投球の軸となる直球の威力がアップ。「ストライクゾーンで勝負できることが大きい」。被本塁打は増えたが、四球と失点の減少につながった。 前半戦で早くも自己最多タイとなる10勝目を挙げ、7月にはオールスターに初出場。9月1日のヤクルト戦では両リーグ最速の15勝目に到達した。シーズン終盤はさすがに疲労が見え隠れするが、先発ローテの柱であり続けた。 シーズン序盤は150キロ前後の直球にスライダー、カットボールが主体。そこからフォーク、カーブの割合を少しずつ増やし、8月からはチェンジアップも加えた。「これまでないデータで配球できている」と投球の幅を広げてきた。 打では丸、鈴木の両輪が引っ張ったが、投ではMVP級の働きだ。現在は勝利数がリーグトップのほか、防御率、勝率の各部門で上位に位置しており、14年新人王以来となるタイトル獲得が射程圏。ポストシーズンでも期待は大きい。

◆広島が球団初のリーグ3連覇を本拠地マツダスタジアムで決めた。過去、セ・リーグでは巨人しか達成していなかった3連覇以上の歴史を塗り替えた。 16年のリーグ優勝は東京ドームで、17年は甲子園で歓喜の瞬間を迎えたが、念願の地元Vは実に27年ぶり。緒方監督は9度の胴上げ、「新井コール」とともに今季限りで引退を表明している新井も6度宙を舞った。ファンとともに最高の瞬間を味わった。 勝利監督インタビューでは緒方監督が「昨年ここで優勝のチャンスを逃したので今年はマツダで決めるんだと、そういう気持ちで臨んだ。ファンの皆さま、リーグ優勝3連覇おめでとうございます」と声を張り上げた。 2連敗で生みの苦しみを味わったが、この日はうっ憤を晴らす17安打10得点の猛攻だった。投げては九里と中崎の完封リレーで締めた。 喜びも悲しみも、「広島」と歩んだシーズンだった。7月の西日本豪雨。広島県内は甚大な被害を受けた。直後、カープは7月9日から予定されていた本拠地マツダスタジアムでの阪神3連戦の中止を決定。鈴木球団本部長は「被災された方の心情や、救助が進む中で、試合ができる状態にはないと考えた」と苦しい胸の内を明かし、選手会長の会沢は「僕らは勇気や元気を与えられるように。それがプロ野球選手の使命」と語っていた。悲しい災害に心を痛めながら、広島ナインは3連覇へと突き進んだ。 その戦いも決して平らな道のりではなかった。トップバッターとして斬り込んできた田中は打撃不振に苦しみ、8月中旬からV直前まで下位打線に回っていた。菊池も7月下旬にスタメンを外れ、8月4日には8番に打順を下げたこともあった。丸は右足を痛め4月下旬から5月下旬まで離脱。昨年8月に右足首を負傷した鈴木は、今季開幕直後に下半身の張りで出場選手登録の抹消を経験している。 だが、誰もが輝きを取り戻し、強打と好守で難敵を倒してきた。丸と鈴木はともに30発オーバー。広島では05年の新井、前田以来となる30発コンビを結成した。投手陣では大瀬良が勝ち星を重ね続け、先発の柱に成長。守護神には中崎がいる。バティスタ、フランスアをはじめ、助っ人勢も強力だった。 4月23日には、球団OBの衣笠祥雄さんが71歳で亡くなったが、天国でレジェンドも喜んでいるに違いない。 つらい思いを背負いながら歩み続けた広島。その戦いぶりは、どれほど多くの人の心の光となっただろうか。地元V。それは野球の神様からの贈り物だったのかもしれない。

◆広島が3年連続9度目のリーグ優勝を果たした。球団の歴史は以下の通り。 広島は2リーグ制となった1950年に発足し、セ・リーグに参入した。親会社はなく「市民球団」として生まれた。68年に東洋工業(現在のマツダ)の松田恒次社長が筆頭株主となり、オーナーに就任。球団名もこの年から「広島東洋カープ」となった。 初のリーグ優勝は75年。ルーツ監督がシーズン途中で辞任し、古葉監督が引き継いで指揮を執った。79年、80年は2年連続で日本一に輝く。山本浩二、衣笠祥雄らを擁し、黄金時代を迎えて「赤ヘル軍団」と呼ばれた。 84年に3度目の日本一。86、91年はリーグ制覇したものの、日本シリーズで敗れた。98年以降は15年連続でBクラスと低迷した時期もあったが、13年に野村謙二郎監督の下、リーグ3位に入りCSに初進出した。緒方孝市監督は15年に就任。2年目の16年に25年ぶり、チーム史上7度目のリーグ優勝、17年もリーグ制覇した。そして今季、3年連続9度目の頂点に立った。

◆広島が球団初のリーグ3連覇を本拠地マツダスタジアムで決めた。過去、セ・リーグでは巨人しか達成していなかった3連覇以上の歴史を塗り替えた。16年のリーグ優勝は東京ドーム、17年は甲子園で歓喜の瞬間を迎えたが、念願の地元Vだ。23日にM1とし2連敗で生みの苦しみを味わった分だけ、ファンとともに味わう最高の瞬間もまた格別だった。 広島打線が初回からヤクルト先発ブキャナンに襲いかかった。1死二塁で3番丸が中前適時打を放ち先制。1死一、二塁から5番松山が遊撃手前でイレギュラーする幸運な中堅二塁打で2点目。6番野間も1死二、三塁から投前適時打。7番会沢は1死一、三塁から左前適時打。8番安部は1死一、三塁から中堅犠飛で続いた。この回打者9人5安打を集中させ、一挙5得点で主導権を握った。 5回には先頭の4番鈴木が遊撃への内野安打で出塁。1死後、6番野間が右翼線を破る適時三塁打を放ち1点追加。6回には先頭の1番田中が中前打で出塁。続く菊池の犠打が投手の悪送球を誘い無死一、三塁とし、3番丸の一ゴロの間に1点追加、なおも4番鈴木が四球で一、二塁とし5番松山が右翼へ適時二塁打を放った。 7回には先頭の8番安部が左翼へ三塁打。1死後、田中が右中間へ適時打を放ち、なおも続く菊池の右前打で一。二塁。丸の右翼への適時打でこの回2点を加えた。 投げては先発九里がヤクルト打線を相手に、3回までいずれも3者凡退と好発進。4回、連打と四球で無死満塁とされ、4番バレンティンという絶体絶命のピンチも一飛に抑え、続く雄平も遊ゴロ併殺に仕留め無失点で切り抜けた。九里は8回まで得点を許さず。9回は中崎が3人で締めた。 広島はリーグ1位としてクライマックスシリーズ(CS)に出場。2位と3位によるファーストステージ勝者とのファイナルステージに17日から臨む。

◆球団初のリーグ3連覇へのマジックを「1」としている広島は九里が先発。チームは24、25日と地元Vが持ち越しとなっており、今度こそ決めるか。ヤクルト先発はブキャナン。 広島は勝つか引き分けで27年ぶりの地元胴上げが決まる。

◆時代は効率化にある。広島丸佳浩外野手(29)が、マジック1で迎えた26日のヤクルト戦で5打数3安打と勝利に貢献。チームをリーグ3連覇に導いた。打撃への探求心が深く、少しずつ、少しずつ無駄を削る作業を繰り返し、打率3割2分4厘、38本塁打、95打点の好成績をマーク。出塁率4割8分2厘は、86年ロッテ落合博満の4割8分7厘の日本記録に迫る数字だ。 無駄を省くのは打撃だけではない。1軍に定着した時期に酒やたばこを一切やめ、試合前にバットのグリップに残る松ヤニを1枚刃で丁寧に削る作業は日課だ。 効率を求める意識は行動にも現れる。8月23日ヤクルト戦は台風接近の影響で右翼から左翼へ強い風が吹いていた。1回表、ポリ袋がふわりふわりと中堅近くへ舞い、試合が中断。拾おうと小走りした丸はなぜか、わざわざグラブを外して左手でつかみ、そのままポケットに入れた。丸の右尻ポケットにはロジンが入っているため、拾っても入れられない。拾って入れるところは左尻ポケットしかない...。それならば左手で拾うしかない。「すごいでしょ。僕はビニールのところまで行く間にピッピッとそこまで計算していたんですよ」。瞬時の判断に、珍しく得意気だった。 「打撃にゴールはない。毎日、毎日、0・何ミリとか、細かい作業を積み重ねていかないといけない」 少しずつ、少しずつ効率を求めてきた男が、2年連続MVP最有力候補に挙げられる打撃を作り上げた。【前原淳】

◆マツダスタジアムの右翼のポジションで、広島鈴木誠也外野手(24)は優勝の瞬間を迎えた。9回表、最後のアウトを取った瞬間、右翼の定位置から両手を突き上げ、鉄壁の外野陣とハイタッチを交わし、歓喜の輪に加わった。 昨年の優勝は両肩を持たれ遅れて胴上げに加わったが、今年は胴上げの中心で力強く緒方監督を持ち上げた。1年分の思いが解放された。 1年前は優勝へのラストスパートをかけたチームの戦いを病室で見ていた。8月23日のDeNA戦で右足首を負傷。戦列離脱を余儀なくされた。悔しさにうちひしがれていた中、それまで自分がいた舞台の大きさをあらためて感じることができた。「初めて野球を見て鳥肌が立った。すごいところでやっていたんだと思ったし、何を悩んでんだと思った」。9月5日阪神戦の安部のサヨナラ本塁打には、病院内に響き渡るほどの大声で喜んだ。 東京から見舞いに来た家族の励ましも癒やしとなった。まだ右足首を固定するギプスからわずかに出た右足親指に、父宗人さんはマジックで「<」を3つのニコマークを描いた。いろんな支えがあって、前を向けた。 復帰のシーズン。シーズン序盤は欠場する試合もあったが、4番としてチームを引っ張ってきた。打率3割2分1厘、30本塁打、91打点。十分すぎる打撃成績はどうでもいい。今はただ、この瞬間までプレーできたことがうれしい。

◆広島が、球団初のリーグ3連覇を達成した。優勝マジック1のまま2日間足踏みしたこの日、2位ヤクルトとの直接対決に大勝し、3年連続9度目のセ・リーグ優勝が決まった。本拠地での胴上げは27年ぶり。 先発九里が8回無失点の好投。打線も1回に5点を奪う猛攻。中盤にも加点し大量リード。9回は守護神中崎が山田哲を三振に打ち取り、3年連続の胴上げ投手となった。マツダスタジアムのスタンドを真っ赤に染めたファンが大歓声を送る中、緒方孝市監督が選手らの手で9度、宙を舞った。また、今季限りでの引退を表明している新井も胴上げされた。 今季は、開幕4連勝スタート。早々に首位となり、いったん2位に落ちることはあったが、4月下旬に首位に立ってからは徐々に2位以下を引き離し独走態勢に入った。8月15日に優勝マジック「32」を点灯させ、8月終盤に7連勝で一気にマジックを減らした。その後6連敗するなど苦戦したが、同23日に3年連続リーグ優勝に王手をかけていた。 指揮官は優勝インタビューで「リーグ優勝、3連覇おめでとうございます!」とファンに呼びかけ「選手だけでなくファンと一緒になって胴上げしてもらったようで、夢のようでした。日本一というゴールへ向かって戦いは続きます。ご声援お願いいたします」とあいさつ。次はクライマックス・シリーズ(CS)を勝ち抜き、日本一を目指す。

◆広島がセ・リーグ9度目の優勝を果たし、3連覇を達成した。

◆広島会沢翼捕手(30)が、初の胴上げ捕手となった。最後の打者山田哲を空振り三振に取ると、右手を突き上げ、マスクを放り投げた。中崎と抱き合うと、駆け寄ってきたチームメートにもみくちゃにされた。 「三刀流」をまっとうした。今季は正捕手、強打者、そして選手会長の三役を務めた。扇の要として不安定な投手陣を盛り立て、打てる捕手として球団最多のシーズン本塁打数を記録するなど下位で得点源となった。連覇を受けて任命された選手会長では溝が投手と野手の間に入り、就任時に掲げた「一体感」を守った。 球団捕手最多本塁打の代償として、球団捕手初の2桁死球を受けた。それでも「(下位打線だからと)相手バッテリーに余裕を与えないように意識している。なめられちゃいけない」と逃げない。死球後の打席の打率5割が勝ち気な性格を証明する。(打席なし3、四球2、死球1、8打数4安打1本塁打2打点)。 コイの番長がいたから一時は溝が生じた投手と野手も1つにまとまった。頼れる兄貴分を先頭に、広島がセ界の頂点に立った。【前原淳】

◆ヤクルト先発のデービッド・ブキャナン投手が、運に見放された。 1点を先制され、なお1回1死一、二塁。広島松山が放った遊撃手正面のゴロが、西浦が捕球する直前に大きく跳ねて中前へ。併殺打コースが一転して適時二塁打となると、直後の野間のゴロをブキャナンが捕球しようとしてはじいた(記録は投安)。安部の犠飛も含めて初回に5失点と大量リードを許し、4回8安打5失点で降板。「今年のシーズンを象徴する当たりだった。状態は良かったしボールも悪くなかった」と、冷静に振り返った。 アシュリー夫人の出産のため、27日に米国に一時帰国する。出産後に再来日する予定で「次回に機会があってもスタイルを変えるつもりはない。もう1度、自分の投球を出したい」と、リベンジの機会を見据えた。

◆広島が、球団初のリーグ3連覇を達成した。2位ヤクルトとの直接対決に大勝し、3年連続9度目のセ・リーグ優勝。本拠地で胴上げされた緒方監督のグラウンドでのインタビューは以下の通り。   -チームが、ファンが、カープを愛するすべての人たちがこの瞬間を待ち望んでいました。チーム史上初のリーグ3連覇おめでとうございます。 緒方監督 ありがとうございます。昨年ここで優勝のチャンスがあって、それを逃してしまったので、今年は絶対このマツダで優勝を決めるんだと、選手もチームが全員そういう思いで、今日は臨みました。本当にファンの方とこうして、喜ぶ瞬間を迎えられて本当にうれしく思います。ファンの皆さん、リーグ優勝、3連覇、おめでとうございます! -去年、おととしとかなわなかった本拠地マツダスタジアムでの胴上げとなりました。この広島で、大勢のファンの前での優勝、胴上げ、見えた景色は格別だったのではないでしょうか。 緒方監督 最高ですね、本当に。選手だけではなくてこのスタンドで、ファンの方も一緒になって胴上げをしていただいてるみたいで、本当に夢のような時間でした。ありがとうございました。 -今日の試合も投打がかみ合った、チーム一丸となっての勝利でしたね 緒方監督 プレーボールから、松山が目の覚めるようなファインプレーをしてくれるんで、打線もびっくりして初回から5点取ってくれるし、なんといってもやっぱり今日は九里ですね。九里が今シーズン一番の投球をしてくれました。ほんとにナイスピッチングです。 -3連覇がかかったこのシーズン。ほとんどのチームが打倒カープを掲げる中で、去年おととし以上の重圧もあったかと思います。今年1年間振り返っていかがですか 緒方監督 長かったです。すごくここまで長く感じました。シーズン始まって苦しいことの連続で、厳しい試合もほんとに多くて、チームとしてもなかなか安定した戦いというものが長く続かなかったんで、ほんとに苦しかったです。ただ、その中でも選手、主力選手が、本当にチームを引っ張ってくれて、若い力、そして新しい力がチームに大きな力となって、開幕戦から1試合1試合自分たちのやる野球というのを、最後まで信じてやった1試合1試合の積み重ねが、この優勝へとつながったと思います。 -そして今年は、広島でとてもつらい出来事がありました。被災された方々にも、勇気を与える、そんな優勝になりましたね。 緒方監督 信じられないような悲しい出来事が起こったんですけど、リーグ戦も中止になって、選手も動揺したと思います。ただそこからもう1度気持ちを入れ直して、信じられないような勝ち方、戦い、ほんとに選手は頑張ってくれました。 -シーズン中、監督が何度もおっしゃっていたように、チームが一丸となってここまでどんなときも全力プレーで戦ってきました。いま選手たちにかけてあげたい言葉は 緒方監督 すごいです。ほんとにすごい選手たちです。1日1日力をつけて、成長してます。3連覇という、広島に、ほんとに新しい歴史をつくってくれた選手たちに「ほんとによく頑張った」と、その言葉しかないです。 -そして何よりも、この瞬間を待ちに待っていたのはいつでもどこでも応援してきたファンのみなさんちだと思います。広島の、そして全国のファンに一言お願いします。 緒方監督 選手たちが力を発揮できるのも、こうしてたくさんの声援があったからこそというふうに思ってます。マツダスタジアムだけでなく、全国の球場でほんとに大きな声援をいただき、ほんとに感謝しています。ありがとうございます。 -チームは次の戦い、日本一への戦いへと突き進むことになります。カープファンは欲張りです。みんな次は日本一が見たいと思っています。これからの戦いに向けて最後、抱負をお願いいたします。 緒方監督 まずひとつリーグ優勝という目標は達成しました。ただ、今シーズンここはゴールではないです。日本一というゴールに向かって戦いは続きます。ご声援よろしくお願いします。ありがとうございました。

◆ヤクルトが目の前で広島に3連覇を決められた。 初回にいきなり5失点で出ばなをくじかれ、4回には無死満塁の絶好機をつくったがバレンティンと雄平が凡退して無得点。その回以外は安打すら打てず、今季ワーストの2安打で、無得点負けを喫した。広島に地元胴上げを許した小川淳司監督だが「3連覇はすごい。そういう思いしかないです」と勝者をたたえた。 順位は2位で、残り9試合。クライマックスシリーズに進出して勝ち上がれば広島と日本シリーズを懸けて戦う機会もある。それでも「とにかくまずは明日勝たないと話にならない。先をどうこう考えるよりも、切り替えて明日、また頑張るだけです」と、足元を見据えた。

◆広島ナインが27年ぶりの地元ビールかけを楽しんだ。試合終了から約1時間20分後、1軍メンバーに加え、一部の2軍選手やスタッフが会場に集合した。全員がそろいの特製Tシャツを着用した。 最初に緒方孝市監督が檀上からあいさつ。「3連覇というすごいことをやってのけた選手と、支えてくれたコーチやスタッフの皆さんを誇りに思います。全国のカープファンに大きな感動を与え、何より広島を元気にしてくれた。これだけの人数で楽しいビールかけができる。ケガのないようによろしく!」とあいさつ。 そのあと選手会長の会沢翼捕手が「会場を用事してくださった皆さんありがとうございました。また明日から気を引き締めて頑張りましょう。今日は盛り上がっていきますよ。3連覇、最高でーす!」と発声し、勢いよくスタートした。 用意されたビールは過去2年を上回る中びん6000本。ほぼ全員が両手持ちスタイルで次々またたく間に減らしていった。 ビールかけ会場は、普段は選手らのタクシー乗り場になっているマツダスタジアム内の駐車場。昨年は準備しておきながら惜しくもかなわなかった。足踏みが続いたため、前日までの3日間は設営と撤収を繰り返していた。撤収作業の最中に選手が帰路につき、足踏みを申し訳ないと口にした選手もいたが、地元のメディア関係者も巻き込んでの宴は大盛り上がりだった。

◆広島が、球団初の3連覇を達成した。優勝マジック1のまま2日間足踏みしたこの日、2位ヤクルトとの直接対決に大勝し、3年連続9度目のセ・リーグ優勝が決まった。本拠地での胴上げは27年ぶり。緒方孝市監督の優勝会見は以下の通り。 -3連覇について 緒方監督 今シーズンはちょっと長かった。当初から厳しい試合が多く、けが人も多くて、安定した戦いが出来なかったという思いだったんで、3連覇につながったというのは、選手達の頑張りだと思う。シーズンを通した戦いの中で、若い力、新しい力が今年も出てきてくれたなと。そういった中で、自分たちの最後まであきらめない野球、そういう野球を1試合1試合積み重ねて戦えたなと。 -苦しい長いシーズンで勝ち取れたのは手応えがあるのでは 緒方監督 カープの野球って周りから見たら攻撃力がクローズアップされがちだと思うんですが、自分の目指す野球は、投手を中心とした守り勝つ野球。それを選手に対して求めているところがある。田中、菊池、そして丸、会沢のセンターラインが守りっていうのを自分の中で失点を防いで、守りから勝ちの流れを持ってこれるような試合展開をしてくれるので、それが3連覇につながったと自分の中では思っている。 -新しい力も出てきた 緒方監督 名前を出せばアドゥア、フランスア。投手陣の中ではこの2人。野手では丸がケガしたときに野間がいい活躍をしてくれた。安部が不調だったときは西川がカバーしてくれた。そうした新しい力も本当にチームの力になってくれた。 -昨季悔しい思いをした短期決戦が待っているが 緒方監督 リーグ優勝というのはゴールじゃない。日本一というゴールに向かってチーム一丸となって向かいたい。

◆広島ナインが27年ぶりの地元ビールかけを楽しんだ。試合終了から約1時間20分後、1軍メンバーに加え、一部の2軍選手やスタッフが会場に集合した。全員がそろいの特製Tシャツを着用した。 最初に緒方孝市監督が檀上からあいさつ。「3連覇というすごいことをやってのけた選手と、支えてくれたコーチやスタッフの皆さんを誇りに思います。全国のカープファンに大きな感動を与え、何より広島を元気にしてくれた。これだけの人数で楽しいビールかけができる。ケガのないようによろしく!」とあいさつ。 そのあと選手会長の会沢翼捕手が「会場を用事してくださった皆さんありがとうございました。また明日から気を引き締めて頑張りましょう。今日は盛り上がっていきますよ。3連覇、最高でーす!」と発声し、勢いよくスタートした。 用意されたビールは過去2年を上回る中びん6000本。ほぼ全員が両手持ちスタイルで次々またたく間に減らしていき、約30分間で空になった。 ビールかけ会場は、普段は選手らのタクシー乗り場になっているマツダスタジアム内の駐車場。昨年は準備しておきながら惜しくもかなわなかった。足踏みが続いたため、前日までの3日間は設営と撤収を繰り返していた。撤収作業の最中に選手が帰路につき、足踏みを申し訳ないと口にした選手もいたが、地元のメディア関係者も巻き込んでの宴は大盛り上がりだった。 終了のあいさつは今季限りで引退する新井貴浩内野手。「セ・リーグのチャンピオンフラッグは今日手にしましたが、僕たちがほしい旗はもう1つあります」と過去2年はかなわなかった日本シリーズ制覇を誓い合った。一本締めの前には「2次会は黒田(博樹)さんの家でやります。聞いたら300人以上は入るらしいので」と新井らしいジョークも忘れなかった。

◆緒方監督のかな子夫人(45)は指揮官の変化を感じ取っていた。 3度目の優勝だが、自宅ではこれまで以上に仕事に没頭している印象を受けたという。「休みの日でも常にテレビやパソコンで他球団の試合を見たり、2軍の試合をチェックする。いつ寝るんだろうと思っていました」。スマホのアプリを使って愛犬・優勝(ゆうしょう)君がしゃべっているようにしてメッセージを送ったという。内容は「パパ頑張って」など簡単なものだが、試合前に送るとほぼ勝った。愛犬を溺愛する監督も「うれしいよ」と感謝している。

◆広島松田元オーナー(67)が、3連覇に導いた緒方孝市監督(49)を絶賛した。 「きまじめにやって、フロントのことも分かっている。そういう監督は貴重。毎年成長している。今年は特に。すごいなと思う」と続投要請の方針。受諾に支障はないとみられ、来季5年目の指揮を執ることが決定的となった。 同オーナーは3連覇の要因として、主に2点を挙げた。「緒方の厳しさが、1つはある。1年を通じて非常に感じたこと。どうしても勝つんだという意志を表していた。もう1つはチームの兄弟の絆というか、結束。この2つがすごく良かった」と振り返った。 今季限りで引退する新井にも言及。「存在感は大きい。でないとあんな雰囲気は生まれない。ガチーンとスクラムを組んだ感じ。兄弟の結びつきみたいなものを醸し出してくれた。4年間、一生懸命さで楽しませてくれた」と感謝した。

◆広島緒方監督は4年間で3度目の優勝。 リーグ優勝を3度以上の監督は14年秋山監督(ソフトバンク)以来20人目で、広島では4度の古葉監督に次いで2人目になる。過去に就任1年目から4連覇した監督はおらず、4シーズンで3度優勝は、(1)→(1)→(1)→(3)の森監督(西武)以来5人目のタイ記録だ。3連覇以上を達成した監督は07~09年、12~14年と2度記録した原監督(巨人)以来で10人目。過去9人の現役時代のポジションは内野手6人、捕手2人で、プロ経験のなかった藤本監督はアマ時代に投手。外野手出身の監督では初めて3連覇を達成した。 <1年目から4シーズンで3度優勝した監督> 水原茂(巨人)50~53年(3)→(1)→(1)→(1) 上田利治(阪急)74~77年(2)→(1)→(1)→(1) 藤田元司(巨人)81~83、89年(1)→(2)→(1)→(1) 森祇晶(西武)86~89年(1)→(1)→(1)→(3)

◆あふれる「カープ愛」で壁を突き破った。広島が緒方孝市監督(49)に率いられ、球団初の3連覇となる9度目のセ・リーグ制覇を果たした。 チーム91年以来の地元胴上げで9度、宙を舞った。今季は投手陣の整備に苦しみながらライバルを圧倒。黄金時代に突入した。 広島を愛する男が、ついに偉業を達成した。開幕前から「3連覇」とノルマのように言い続け、135試合目で成就。緒方監督の目に涙はない。本拠地のど真ん中で力強く9度舞った。 「ファンの皆さん、3連覇、リーグ優勝おめでとうございます! ファンの方と一緒に胴上げされているようで、夢のような時間でした。広島に新しい歴史を作ってくれた選手たちに、よく頑張ったと、それしかない」。優勝インタビューで絶叫した。頑固者。周囲とうまく交わらないこともある。それでも監督業は成績がすべて。球団初の功績は何より貴い。後世に継がれる監督となった。 「苦しいことの連続」と振り返った。特に投手陣。開幕直後に野村、薮田が不振で先発ローテから消えた。交流戦は7勝11敗の10位と低迷。それでも打線の奮起、救援陣のやりくりで乗り切った。全日程を未消化も、防御率4点台の優勝なら球団史上初。フランスア、野間、アドゥワら新戦力が台頭した1年は、座右の銘である「出会いに感謝」のシーズンだった。 起用に情は入れない。象徴が強力打線の代名詞タナキクマルの解体。「ラミちゃんみたいに2番メヒアも面白い」と真顔で言った。固定観念は捨てている。一方で目配りは怠らなかった。8月上旬、長い2軍暮らしを代理人に「寂しい」と漏らしたエルドレッドには手を挙げて面談。「頑張れよと言った。大事な戦力だから」。就任して学んだ。時代が違う、ということ。 「難しいよね。俺らは体が満足じゃなくても絶対にプレーしていた。今はそれが許されない」。例えば投手の連投を酷使と言われ、戸惑いながらも「選手ファースト」を受け入れて今に至る。フランスアが8月に18試合登板の日本タイ記録。更新の可能性もあったが「ウチが4連投させたことがあるか?」と目をつり上げた。選手とは一線を引くが、理解度は深まった。 現役だった99年オフ、FA移籍と悩んで残留を選択。育ててくれた広島の町、球団への恩義があり、使命感にあふれる。今年は7月に豪雨災害が発生。関係者を通じて被災地に飲料水を届けた。佐賀出身だが第2の故郷が傷つく姿を見過ごせなかった。そして最重要課題の勝利とともに掲げるのが「魅力あるカープの野球を見せること」。スピード感があり、最後まであきらめない姿を提供したい。「それがすべて」とも言い切る。だからこそ、カープを信じて本拠地を埋めるファンに心から感謝する。この環境を作ったのは「選手の力」と認めている。 「神様だから。4年間ずっと持ち歩いている」と故松下幸之助氏の金言集がバイブル。その一節には「誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで働く。経営者自身が身をもって示すことが第一」とある。ナイターでもいち早く球場入りし、映像を見る生活は就任4年目も同じだ。体は疲弊。8月には試合前の練習に2日間出られなかった。原因は高熱。だが周囲に隠した。側近のコーチ陣に対してさえも。松下氏が説いた率先垂範の精神が息づいている。 昨秋、交響楽団のコンサートに行く機会があった。つかの間の安らぎは家族と愛犬。そこに「はまった」というクラシック音楽が加わった。春季キャンプの散歩中は戦力構想を練りながら、イヤホンから流れるパッヘルベルの「カノン」に癒やされた。現代に応用される同曲のコード進行は「黄金コード」とも呼ばれる。V3はまさに黄金期だ。「リーグ優勝はゴールじゃない。日本一というゴールにチーム一丸で向かいたい」。 さあ、秋に待つのは短期決戦。過去2年は苦杯をなめた。カープの野球ができれば、必ず勝てると信じている。【大池和幸】 ◆緒方孝市(おがた・こういち)1968年(昭43)12月25日、佐賀県生まれ。鳥栖高から86年ドラフト3位で広島入団。95年に現在もセ・リーグ記録の10試合連続盗塁をマーク。96年オフに元タレントの中條かな子と結婚。95~97盗塁王。95~99年外野手でゴールデングラブ賞。08年に選手兼コーチとなり09年現役引退。引退後はコーチを務め、15年監督就任。現役時代は1808試合、打率2割8分2厘、1506安打、241本塁打、725打点、268盗塁。181センチ、80キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸8000万円。家族は夫人と1男2女。

◆広島が3年連続9度目のリーグ優勝を決めた。広島の3連覇は初めてで、3連覇以上は12~14年巨人以来5球団、14度目。黄金時代の到来を告げる広島の強さを、データで検証した。 セ・リーグで3連覇に挑戦したのは11度目だったが、これまで達成したのは巨人しかなく、巨人以外は81年広島2位、94年ヤクルト4位、12年中日2位。巨人以外の球団では初のセ・リーグ3連覇となった。今年は4月に2位が8日間あるだけで、それ以外は1位。1位以外の日数が10日未満、3位以下なしのVは、ともに球団史上初めてだ。 今年も本拠地で強かった。マツダスタジアムの貯金は16年29→17年28→18年20。今年は本拠地以外の貯金が3しかなかった。52年のフランチャイズ制後、セ・リーグで3年続けて本拠地球場の貯金が20以上は、過去に65~67年後楽園球場の巨人と10~12年ナゴヤドームの中日だけ。広島が今年達成すれば3度目だ。今年は交流戦で負け越したが、セ・リーグ相手には高勝率。特に、上位球団との対戦に強く、広島が2位の時は1位球団に2勝0敗、1位の時は2位球団に23勝3敗1分け、勝率8割8分5厘だった。眼下の敵を直接たたいて差を広げ、2位とは現在9・5ゲーム差。16年の17・5差、17年の10差に続き、今年も大差をつけた。巨人が65年から13差→13差→12差で3連覇したが、3年連続9・5差以上は65~67年巨人しかやっていない。 3連覇を支えたのが3年連続リーグ最多得点の打線。本塁打と盗塁も3年連続1位で、本塁打は過去2年の本数を上回った。肩書付きの殊勲本塁打が57本→63本→67本と、貴重な1発も年々増えた。3年連続で得点、本塁打、盗塁が1位ならば史上初で、自慢の長打力と機動力にセ・リーグ歴代2位の560四球を絡めて得点した。攻撃陣の中心は丸と鈴木。2人は打点が多く、丸が90→92→95、鈴木は95→90→91。3年連続90打点以上のコンビは、巨人の48~50年川上と青田、68~70年王と長嶋、08~10年小笠原とラミレスに次いで史上4組目だ。 65~67年に本拠地で貯金を20以上稼ぎ、大差をつけて3連覇した巨人は、その後9連覇まで伸ばした。丸と鈴木がON級の働きをし、65~67年巨人同様の強さを見せた広島の連覇は、まだ続くかもしれない。【伊藤友一】

◆今季、主役の座はほかの選手に譲った。タナキクの広島田中、菊池のコンビは、泥臭く、献身的にチームを縁の下で支えてきた。2人で800を超える補殺(田中429、菊池403、計832)を記録するなど、緒方監督が掲げる「守り勝つ野球」を実践。2人での大台突破の二遊間はリーグ1組。セ界一の鉄壁コンビが緒方野球の基盤を支えた。 互いに交わした約束がある。「カッとなることはあっても、怒りの感情は伝染する。それはしない」。シーズン序盤から投手陣は安定しなかった。どんなに四球を連発しても、大量失点しても、2人は両手をひざにつけることもしなかった。 丸や鈴木、新井を欠いたシーズン序盤、2人がチームを引っ張った。その後は肩の荷を下ろしたように、成績が下降。打順降格の悔しさも味わった。菊池に続き、田中が1番を外れた8月18日、田中に寄り添ったのは菊池。「あいつの感情を消化するのも僕の仕事」と優しく笑う。目配り、気配りができる。上本が敗戦につながる失策をした8月21日ヤクルト戦後もロッカーまでそばにいたのは菊池。今月22日に大量失点した岡田に言葉をかけ続けたのも、菊池だった。 優勝を目前にした21日から再びタナキクが1、2番コンビを組む。連続フルイニング出場を続ける田中は1番復帰後全6試合で安打を記録。この日は1回に田中の安打から菊池が送る得意の形で勢いづけ、2人で計4安打4得点と勝利に貢献した。最後まで助け合い、補い合いながら攻守でチームを支え、日本一の二遊間を目指す。【前原淳】

◆広島がついに、3年連続9度目の優勝を決めた。優勝マジック「1」で臨んだ本拠地マツダスタジアムで2度の足踏みを経て、ヤクルト戦に10-0で勝利。セ・リーグでは過去に巨人しか達成していない3連覇を果たし、91年以来の地元での胴上げをファンに披露した。緒方孝市監督(49)に続き、今季限りで現役引退を表明している新井貴浩内野手(41)もナインから胴上げされた。次の目標は、84年以来、34年ぶり4度目の日本一だ。 緒方監督の胴上げが終わると、自然とナインは新井の周りに集まった。引退を決めた41歳も5回半、宙に舞った。重くて6回目は上がりきらなかった。 10点リードの7回2死一、二塁、新井は代打で登場。9回2死、守護神中崎が山田哲を空振り三振に仕留めると、一塁から駆け寄った。幸せそうな笑顔だった。 「やっぱり最高でした。地元では初めて。自分の思い出にも残るし、ファンの皆さんが喜んでくれた。格別ですね」 今年4月23日に71歳で亡くなった衣笠祥雄さんと「ミスター赤ヘル」山本浩二氏らが築いた黄金時代でも成し得なかった3連覇。25年ぶりの優勝となった16年、101打点でリーグMVP。新井でつかんだ優勝だった。それからの3連覇。堂々の黄金時代を見届け、今季限りでバットを置く。息子の成長を喜ぶ父親のような目で、後輩を見る。 「一昨年より去年の方が落ち着いていたし、今年の3連覇はさらに落ち着いていた。試合って生き物だし流れがある。敏感に感じ取れているんじゃないかな。ここは一気に攻めるところとか。打つだけでなく、四球を選んだり。我慢して守ってリズムを持ってくるとか。若い選手が多いけど、洗練されてきた」 礎には、昨年まで在籍した石井琢朗打撃コーチ、河田雄祐外野守備走塁コーチ(ともにヤクルト)の"遺産"も大きいと感謝する。 「例えば琢朗さんなら、ノーヒットでどう1点を取るか。無死満塁でゲッツーの1点でもOKっていう考え方だったり。あとはとにかく球数を放らせる。中盤からジャブのように相手にダメージが来ると。河田さんは就任されて印象に残っているのが、三振してワンバウンドで捕手がはじいたら、絶対に一塁に走ろうと話されたこと。弱いチームはできていない。それは野球に取り組む姿勢。河田さん、琢朗さんの教育が若い子たちに残っている」V1を最後にレジェンド黒田博樹が引退しても「和」のために役割を果たした。相互理解が難しい、投手と野手の間に立った。「ペナントは長丁場。いい時もあれば、悪い時もある。そこで忍耐、我慢が必要になる。まだ若い選手が多いので、どうしても感情的になりやすい。瞬間的に頭に血がのぼることもある。自分も若い頃はそうだった」。20代後半、京セラドーム大阪での記憶がある。「若い頃は打てなかったらベンチ裏で大暴れしていた。バットを投げて壁に穴を開けて、修理代10万円払ったこともあった」。当時の自分と同じ若手がいたら、経験を話し、立ち直らせた。「前へ前へ」と言い続けてきた。戦いはポストシーズン、そして最高のフィナーレへと移っていく。「短期決戦は難しい。3連覇したけど構えるんじゃなくて、奪い取る気持ちが大事。CSファイナルで日本シリーズの出場権を奪い取りにいく。そして日本一を奪い取りにいく。自分たちが攻めていく」。◆新井貴浩(あらい・たかひろ)1977年(昭52)1月30日、広島県生まれ。広島工-駒大を経て98年ドラフト6位で広島入団。05年に球団タイの6試合連続本塁打。07年オフにFAで阪神移籍。08年北京五輪では日本代表の4番を打った。同年12月から12年まで労組プロ野球選手会会長。14年オフ、阪神に自由契約を申し入れ広島復帰。通算2000安打を達成した16年に打率3割、101打点でリーグMVP。05年本塁打王、11年打点王。ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞1度。189センチ、102キロ。右投げ右打ち。

◆歓喜の輪の中で、広島丸佳浩外野手(29)の最高の笑顔が輝いた。不動の3番として鈴木とともに強力打線をけん引。グラウンド1周のセレモニーを終え「360度見渡したらカープファンが喜んでいた。自分もうれしかったが、さらにうれしかった」と感激に浸った。 この日も1回に先制点をもたらした。田中の中前打、菊池犠打で1死二塁から中前適時打。「タナキクマル」による10球の速攻劇だった。自己最多93打点目が優勝決定試合の決勝打。この回5得点の起点となった。これで45試合連続出塁。自身が15年にマークした球団記録44試合を更新した。 4月28日阪神戦で右太もも裏を痛めた。連続試合出場が700で途切れて1カ月離脱。実は腰痛も併発させていた。「けがをした時点でマイナスにしかなっていない」。悔しさを晴らすように復帰後は打ちまくり、本塁打も急増。出塁率は4割8分を超えている。 「継続は力なり」を象徴する選手だ。「やることはずっと一緒。仕事ですから」。コーチと相談し、考えをまとめた上で打席に入る。ベンチに戻るとメモ。これは千葉経大付時代の松本吉啓監督の教えだ。部員全員がノートをポケットに入れながら練習。気づいたこと、感じたことをその都度書くよう指導された。これをプロでも続けている。 練習量が12球団一ともいわれるチーム内でも屈指。迎打撃コーチは、一流となった今でも連戦のさなかにスイング数が減らないことに驚く。「シーズン中に手のマメが痛いとよく言う。そんな選手は他にいない」。決まってマメができるのは右手小指の付け根付近。対策としてバットを目いっぱい長く持ち、グリップエンドに小指をかける。「ヘッドが利きやすくなる」(同コーチ)といい、アーチ量産にもひと役買った。 鈴木、大瀬良とともにリーグMVP有力候補。2年連続なら球団史上初だ。今後について「新井さんと1日でも長く野球をやりたい」ときっぱり。日本一しか見ていない。【大池和幸】

◆最後は抑えの広島中崎が3人で締めた。 10点リードの9回、緒方監督の指名どおりにマウンドへ。1球ごとにスタンドが盛り上がる中で、最後は山田哲を空振り三振に打ち取った。「ここは三振しかないと思った。いいところに投げられた」。 3年連続胴上げ投手は71年から73年までの巨人高橋一三以来の快挙。マウンドで会沢と抱き合い、歓喜の輪の中心となった。

◆広島九里は勝てば優勝という重圧の先発マウンドで、8回2安打無失点と力投した。1カ月ぶり8勝目。 3回まで完全投球を続け、4回は連打と四球で無死満塁のピンチを迎えた。バレンティンを内角攻めで一飛、雄平を遊ゴロ併殺打に仕留め派手にガッツポーズした。見事に大役を果たし「調子はすごく良かったわけじゃないけど、しっかりゾーンの中で勝負する投球ができた」と胸を張った。緒方監督からも優勝インタビューで「今日は何といっても九里。今シーズン一番のピッチングをしてくれた」とたたえられた。

◆広島松山が、3年連続優勝決定試合で打点を挙げた。 1点を先制し、なお1回1死一、二塁の場面。遊撃へのゴロが、高く跳ねるイレギュラーで、ヤクルト西浦の頭上を越える幸運な適時二塁打となった。6回1死一、二塁では、きれいに右中間を割った。「何回やっても気持ちいいものですし、本当に決められて良かった」と満面の笑みだった。

◆広島がついに、3年連続9度目の優勝を決めた。優勝マジック「1」で臨んだ本拠地マツダスタジアムで2度の足踏みを経て、ヤクルト戦に10-0で勝利。セ・リーグでは過去に巨人しか達成していない3連覇を果たし、91年以来の地元での胴上げをファンに披露した。 <セ監督 我敗れたり> ヤクルト小川監督 あらためて強さを感じさせられた。攻撃力がすごく、投手は大変な打線。(ヤクルトは)いい戦いをしながら最終的に勝ちきれなかった。 DeNAラミレス監督 シーズン通して投打かみ合っていた。理想の形に近いチーム。今年落ちると思われていたが優勝に値する理想的なチームだった。 巨人高橋監督 自分たちの野球をできなかったことはあるが、対戦成績が示すように広島に勝てていない現実がある。悔しい思いを糧にCSに行き、挑戦する機会を作りたい。 阪神金本監督 打って勝つチーム。連打されないように投手が抑えないと。救援にスキがあると思ったけど。中崎が大崩れしなかったのが大きい。 中日森監督 3連覇を狙ってできるのはすごいこと。調子が悪い選手がいても、他の選手が出てくる。カバーできていた。ホームであれだけ勝てれば強い。

◆広島が3年連続9度目のリーグ優勝を決めた。広島の3連覇は初めてで、3連覇以上は12~14年巨人以来5球団、14度目。 広島OB山本浩二氏(91年の前回地元胴上げ監督)「3連覇はすごいこと。各選手が状況を考え、自分の役割をまっとうしている。試合終盤の『ここで一打が出れば何かある』という場面で、本当に出たもんな。急にできることじゃない。積み重ね。緒方監督が勉強して、大局的な見方で戦ってきた証拠だろうね。日本一のチャンスは十分あるよ。34年ぶりか。1984年といえば、わしがまだ現役の頃だから、そろそろね」 広島前監督の野村謙二郎氏(野球評論家)「16年、17年は黒田と新井が戻ってきてチームが1つになって突っ走った。今年が一番厳しく難しかったと思う。ただ、この3年間で変わっていないのは、しっかりした育成システムから成す選手層の厚さ。ケガをした選手、不調の選手の穴をカバーできた。緒方監督には、一番やりきった、手応えのある、うれしい優勝だと思う。おめでとう」

◆苦しみから解放され、笑顔が咲いた。広島鈴木誠也外野手(24)が26日、日刊スポーツに手記を寄せた。今季は昨年8月末の右脛骨(けいこつ)内果剥離骨折の骨接合術と三角靱帯(じんたい)損傷の靱帯修復術の手術から復帰。痛みはまだ残る。それでもチームのために、優勝のために、戦ってきた。打線をけん引してきた若き4番が、その胸の内を明かした。 素直にうれしいです。優勝することだけを考えてやってきたので、本当にうれしい。昨年ケガをしてベンチの中から優勝の光景を見ましたが、今年は守って見られた。感動しました。 我慢、我慢...。今年はそう自分に言い聞かせながらプレーしてきました。昨年ケガをしたとき、「(野球人生が)終わった」と思いました。それくらい覚悟しました。1年で治るわけがないと思っていた中で、ここまでプレーできていることは、奇跡です。まだ右足には骨をつなぐボルトが入っている状態。もうケガはしたくない。野球ができることに喜びを感じながらプレーしてきました。 ただ、全力でいけないところは正直ありました。もともと内野安打が多いタイプですし、次の塁を狙った走塁はずっと意識してやってきたこと。でも、それができない。ジレンマはありました。イライラもした。でも、離脱することが一番チームに迷惑をかけることになるので、我慢しないといけないとブレーキをかけた。それがつらかった。内野安打になるかもしれない打球や三塁打にできるかもしれない打球でも、自分の中でどこか抑えていました。三塁打になればサイクル安打となった8月1日ヤクルト戦(神宮)の当たりも無理をしたくなかったんです(結果二塁打でサイクル安打を逃した)。でも今日(の5回)は、先頭でとにかく塁に出れば後を打つ松山さん、野間さんが返してくれると思ったので、自然と頭からいきました。 今年は記録なんてどうでもいいんです。とにかく「チームのために」。それしか頭にない。昨年まではとにかく試合に出続けないといけないと思い、成績を追いかけていた気がします。もちろん優勝してうれしかったですけど、それよりも自分のことで精いっぱいでした。でも今年は開幕から自分の結果よりもチームが勝てばうれしいし、負ければ悔しい。心からそう思えた。そんな気持ちになれたのはプロに入って初めてです。でも前半戦はチームの力になれなかった...。モヤモヤしたものがずっとありました。交流戦がひとつのきっかけ。対戦するチームが変わったことで、何か変えてみようかなと思えました。自分が良くないときに共通しているのは「迷い」。自分で勝手に考え込んでしまうことで積極的に振る持ち味が消えていた。迷って追い込まれて凡打して後悔するなら、自分のスイングをした結果アウトの方がいいなって。「失敗の仕方」を自分で考え直したことで、変わっていった。そこからですね。野球は仕事ではなく、勝負。だから楽しい。でも投手との勝負に負けたくない。勝ちたい。その思いだけ。打ち取られることは悔しいし、自分にイライラしてカッとなることもある。でも今年は「チームのため」。カッとならないように、頭の中でずっと「勝てばいい、勝てばいい」と呪文のように唱えていました。そう思い込むことで、気持ちがちょっと楽になりました。その分、外野で叫んで発散していましたけどね(笑い)。シーズンの最後に、4番がしっかりしないと勝てないんだと感じました。今日も丸さんが先制打を打ってくれた。CSでは丸さんではなく、自分が打って勢いづけられるようにしたい。今年は絶対に、新井さんと日本一になりたい。(広島カープ外野手)◆鈴木の昨年の離脱 17年8月23日DeNA戦の2回、6番戸柱の打球を追って背走し、最後はフェンス際でジャンピングキャッチ。着地の際に右足首を痛め、その場で倒れ込み途中交代となった。試合中に横浜市内の病院で検査を受け「右脛骨(けいこつ)内果剥離骨折」と診断された。翌日24日に抹消。シーズン残り試合での復帰はならなかった。

◆鈴木が広島で新たな4番像を築こうとしている。昨年4月11日。"新井さん"から4番の座を継承した。あまりの重圧に押しつぶされそうになったときもあった。「4番は、3番や5番と違う...」。そんなとき心の支えになったのは先代新井の存在だった。「大変だと思うけど、乗り越えられれば自分の成長につながるし、きっと何かが見えてくるから」と声をかけられた。重責を務めた者だけが知る苦しみを理解してもらうだけで、勇気をもらった。 新井が広島に復帰して4年。その背中を見てきた。「とにかく勝ちたい。自分を犠牲にしてでも1点を取りにいく姿勢を見せてもらった。いつかああいう選手になりたい」。まだベンチで打ち取られた悔しさをあらわにしていた昨季序盤には、プロとしての立ち居振る舞いを指摘された。4番として、プロとして、教えてくれたのは"新井さん"だった。恩返しは日本一になることだけでなく、来季以降4番としての立派な姿を見せることだと思っている。【広島担当=前原淳】

◆3連覇の主軸として活躍した広島丸の両親が、息子を祝福した。千葉・勝浦市内で理髪店「カットサロンまる」を経営。カープファンも遠くから訪れる有名店だ。父浩二さん(55)は「本当に良かったです。チームが勝つから楽しみだった。負けていても、いつか逆転すると期待がずっとありました」と喜んだ。 丸は小3からソフトボールを始めた。強烈なスイングの原点は、長さ4メートルほどの「青竹素振り」だった。98年にデビューした巨人高橋由伸外野手(現監督)からヒントを得た。浩二さんが懐かしむ。 「テレビで長い竹を振って練習していたのを見てね。そしたら、息子がたまたま学校に4メートルくらいのを見つけて。ある日突然、持って帰ってきた。教頭先生にお願いしたみたい」 かなりの重量。浩二さんは3年生には振れないと思った。「手だけで振ると、竹の先が地面に着く。でも体全部で振ると回る。できた時は喜んでましたね」。その訓練は数カ月続いた。 母利栄さん(52)は体の無事を祈る。連絡する時には「調子どう?」「頑張ってね」といった言葉を避ける。「頑張ってないみたいじゃないかと、怒られるんです」。節目の記念球は実家にわずかしかない。「過去のことだから。あの子は先しか見ていないんですよ」と話した。

◆広島新井貴浩内野手(41)が、日刊スポーツのインタビューに応じた。今季限りで引退する大ベテラン。3連覇の喜びとともに、達成を可能にしたチームの強さを明かした。【取材・構成=大池和幸】
息子の成長を見る父親のような目。新井は後輩たちの成長に感心していた。 新井 一昨年より去年の方が落ち着いていたし、今年の3連覇はさらに落ち着いていた。試合って生き物だし流れがある。敏感に感じ取れているんじゃないかな。ここは一気に攻めるところとか。打つだけでなく、四球を選んだり。我慢して守ってリズムを持ってくるとか。若い選手が多いけど、洗練されてきた。 田中、菊池、丸の同学年トリオが引っ張り、鈴木や野間らが見て学ぶ。チームの芯ができあがったと感じている。昨年まで在籍した石井琢朗打撃コーチ、河田雄祐外野守備走塁コーチ(ともにヤクルト)の"遺産"も大きいとした。 新井 例えば琢朗さんなら、ノーヒットでどう1点を取るか。無死満塁でゲッツーの1点でもOKっていう考え方だったり。あとはとにかく球数を放らせる。中盤からジャブのように相手にダメージが来ると。河田さんが就任されて印象に残っているのが、三振してワンバウンドで捕手がはじいたら、絶対に一塁に走ろうと話されたこと。弱いチームはできていない。それは野球に取り組む姿勢。河田さん、琢朗さんの教育が若い子たちに残っている。 「人が好き」という。年齢、実績を気にせず、よく話しかける。 新井 楽しいから。生まれつき。コミュニケーションを取ろうと、わざとやってるわけじゃない。カープというチームが好きだからみんなかわいいし、良くなってもらいたい。ファームの選手だろうと、家族みたいな感じでとらえている。弟と話すのに苦労しないでしょ? そんな感覚。 快活だったマーティ・ブラウン監督(06~09年)の影響もあるそうだ。 新井 マーティが最初に「監督室のドアはいつでもオープン」と言ったのが印象に残っている。野球以外に家族の話や心配事でもいいし、いつでも来てくれよと。こういう監督もいるんだとすごく新鮮だった。相互理解が難しい投手と野手の間に立つことができる、本当に貴重な存在。新井 ペナントは長丁場。いい時もあれば、悪い時もある。そこで忍耐、我慢が必要になる。でも基本的にはみんな仲間だし家族だし、助け合うことが大事。まだ若い選手が多いので、どうしても感情的になりやすい。瞬間的に頭に血がのぼることもある。自分も若い頃はそうだった。20代後半、京セラドーム大阪での記憶がある。新井 今でこそこんな感じだけど、若い頃は打てなかったらベンチ裏で大暴れしていた。バットを投げて壁に穴を開けて、修理代10万円払ったこともあった。いろいろ経験していくうちに、特に負の感情を表に出すのはろくなことがないと(分かった)。でも若い選手にはある。自分もやってきたし、全部を抑えつけるのは良くない。これは本当に一線を越えたなと思ったら「ダメだよ」って言う。自分の体験を話すよ。「前へ前へ」と言い続けてきた。戦いはポストシーズンへと移っていく。新井 短期決戦は難しい。3連覇したけど構えるんじゃなくて、奪い取る気持ちが大事。CSファイナルで日本シリーズの出場権を奪い取りにいく。そして日本一を奪い取りにいく。自分たちが攻めていく。プレーでも気持ちの面でも。自分はこうして今季限りと決めたけど、とにかく目の前の1試合、1打席。スタンスは変わらずいく。20年間の集大成だ。◆新井貴浩(あらい・たかひろ)1977年(昭52)1月30日、広島県生まれ。広島工-駒大を経て98年ドラフト6位で広島入団。05年に球団最長タイの6試合連続本塁打。同年本塁打王も獲得した。07年オフにFAで阪神移籍。08年北京五輪では日本代表の4番を務めた。同年末から12年まで労組プロ野球選手会会長を務め、11年には打点王となった。14年オフ、阪神に自由契約を申し入れ広島に復帰。16年4月26日ヤクルト戦で、プロ野球47人目の通算2000安打達成。16年にはリーグMVP。ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞1度。189センチ、102キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸1億1000万円。家族は夫人と2男。

◆広島は2位・ヤクルトに17安打10得点で大勝し、10年目のマツダスタジアムでは初、地元では27年ぶり9度目のリーグ優勝を決めた。球団史上初となるリーグ3連覇を達成。一回に4本の適時打が飛び出すなど5得点。先発した九里亜蓮投手(27)が8回2安打無失点と好投し、8勝目(4敗)。投打がかみあう 試合運びでリーグの頂点に立った緒方孝市監督(49)はナインの手で9度、宙を舞った。  広島は九里、ヤクルトはブキャナンが先発した。優勝を待つ鯉党の前で、広島は一回、一死二塁で丸が中前適時打を放って先制。さら一死一、二塁から松山の適時二塁打、野間の適時内野安打で3-0とした。なおも一、三塁とし会沢の左前適時打などで2点を追加した。  広島は五回、一死一塁で野間が右翼線に適時三塁打を放ち、6-0とした。六回には無死一、三塁で丸が一ゴロを放ち、その間に1点を追加した。さらに一死一、二塁とし、松山が右中間適時二塁打で8-0とした。  七回には一死三塁から田中、丸の適時打で2点を追加した。  広島は10-0で迎えた九回、守護神・中崎が無失点で締め、ナインが喜びを分かち合った。

◆23日にマジック「1」としてから足踏みが続いていた広島がリーグの頂点に立った。2日連続でおあずけをくらった鯉党の思いを背に九里が大一番のマウンドに立った。  「しっかりと自分の持っている力を出せるように準備はできている。マウンドの上で出していけるようにしたい」  12日のDeNA戦(マツダ)では勝ち星こそつかなかったものの、6回6安打1失点と好投。その後登録を抹消されたが、1軍に帯同し調整を続けてきた。実戦感覚を忘れないため、19日にはウエスタン・中日戦(ナゴヤ)では先発登板。4回6安打4失点も「直球を中心に。1年を通して重点的にやってきた直球の意識に関しては確認できた」と手応えもつかんでいた。  中13日で迎えた1軍のマウンドは体力、気合ともに準備は万全。しかし、この日は優勝がかかる試合。いつもとは違った重圧が右腕にのしかかる。そんな九里に声をかけたのが大瀬良だった。  「優勝が決まる試合で投げることができてよかったな」  2013年ドラフトの1位(大瀬良)&2位(九里)コンビは同い年で常に切磋琢磨(せっさたくま)し合ってきた仲だ。今季は互いに先発ローテの柱として躍動しチームを支えてきた。仲間でもありライバルでもある友からの激励に燃えない訳がなかった。  一回、2番・青木に粘られるも、15球目で一ゴロに打ち取り、3者凡退と上々の立ち上がり。リズムを作ると、その裏に打線が爆発。5安打5得点と大量援護をもらった九里は序盤からギア全開だ。三回までパーフェクト投球。四回には初安打を許し、無死満塁とピンチも4番・バレンティンを二飛。さらに続く雄平は遊ゴロ併殺に仕留め無失点で切り抜けると、マウンドで雄たけびをあげた。圧巻の8回2安打無失点で大事な一戦の責任を果たした。(原田遼太郎)

◆頼れる男が、2位・ヤクルトとの優勝がかかった直接対決で重い扉をこじ開けた。一回に広島・丸が先制タイムリー。歓喜の瞬間をまだか、まだかと待ちわびるファンが大盛り上がりだ。  「前の2人がつないでくれたので、何とか食らいついていきました。良い先制点になりました」  一回に先頭の田中が中前打、菊池の送りバントで一死二塁とし、丸がブキャナンのチェンジアップを中前へ。この一打で自身が持つ連続出塁記録を「45」に伸ばして球団記録を成し遂げた。  さらに松山が放った打球は遊撃手・西浦が捕球する寸前で大きくイレギュラーバウンドするラッキーがあって、中前への適時二塁打に。その後野間、会沢が連続タイムリー、さらに安部が犠飛を放ってこの回一挙5点を奪った。  最後の試練をチーム一丸となって乗り越えようとしている。前日25日には六回にビハインドから追いついたが、3-3の八回に中継ぎエースのフランスアがロペスに決勝2ランを浴びて3-5で敗戦。2位・ヤクルトも中日(ナゴヤドーム)に勝ったため、優勝は持ち越しとなった。  緒方監督は「きょう、決められず残念。(ただ)やっている野球は問題ない」とコメント。丸も「あしたはハッキリしている」とこの日からのヤクルト3連戦へ向けて闘志を燃やしていた。  広島は五回には野間が右翼へ適時三塁打、六回にも丸が一ゴロの間に得点を挙げて加点。球団史上初の3連覇、そして27年ぶりの地元優勝を成し遂げた。(柏村翔)

◆セ・リーグは26日、広島が3年連続9度目の優勝を決めた。優勝へのマジックナンバー「1」で臨んだ本拠地マツダスタジアムでのヤクルト戦に10-0で勝利。8試合を残し、セ・リーグでは過去に巨人しか達成していない3連覇を果たした。 広島・緒方孝市監督の話 「厳しい試合が多くて、安定した戦いも長く続かなかったので、本当に苦しかった。開幕戦から一試合一試合、自分たちの野球を信じてやって、その積み重ねが、この優勝へつながった。すごい選手たち。一年一年、力をつけて成長している」 ヤクルト・小川監督の話 「とにかく3連覇というのはすごいこと。対戦成績が物語っているように強さを感じる。特に攻撃力がすごい。投手にとっては嫌な並びだし、どこからでも点が取れそうな感じがある」 DeNA・ラミレス監督の話 「シーズンを通して素晴らしい野球をしていた。優勝に値するチーム。今年は成績が落ちると多くの人が予想したが、戦い方をよく分かっている。理想型に近いチーム」 巨人・高橋監督の話 「対戦成績から分かるように、広島に勝てていない現実がある。悔しい思いを糧にクライマックスシリーズ(CS)に行き、もう一度挑戦する機会をつくりたい」 阪神・金本監督の話 「相変わらず打線がつながる。何点リードしていても、どんどんつないでくる。打って打って勝つチーム。(救援陣は)中崎が大崩れしなかったのが大きいのではないか」 中日・森監督の話 「3連覇を狙ってできるのはすごいこと。調子が悪い選手がいても、他の選手が出てくる。カバーできていた。ホームであれだけ勝てれば強い」

◆広島は2位・ヤクルトに17安打10得点で大勝し、10年目のマツダスタジアムでは初、地元では27年ぶり9度目のリーグ優勝を決めた。球団史上初となるリーグ3連覇を達成。一回に4本の適時打が飛び出すなど5得点。先発した九里亜蓮投手(27)が8回2安打無失点と好投し、8勝目(4敗)。投打がかみあう試合運びでリーグの頂点に立った緒方孝市監督(49)はナインの手で9度、宙を舞った。以下は緒方監督の一問一答。  --ついに優勝を決めました  「ありがとうございます。昨年はここマツダで決めるチャンスがあってそれを逃したので、今年は決めると選手、コーチ、スタッフ全員がそういう思いで戦っていた。この瞬間を待ち望んでいました。ファンの皆さん本当におめでとうございます」  --広島で決めた  「最高です。選手だけでなくスタンドのみなさんにも胴上げをしてもらっているようで夢のような時間だった」  --試合は投打がかみ合った  「もう開始から松山がすごいファインプレーを見せてくれた。打線もいきなり打ってびっくりした。それでもきょうはなんと言っても九里です。今シーズン一番の投球だった」  --3連覇を達成  「今年は長かった。本当に長く感じました。シーズンが始まって苦しい、厳しい試合ばかりで、安定した戦いができなかった。でもそんなときに主力が引っ張って、若い力がどんどん出てくれた。開幕から自分たちの野球を信じてやって、その積み重ねが優勝につながった」  --今年は広島で水害などもあった  「信じられなくらい悲しい出来事があった。選手たちも動揺したと思う。でも気持ちを入れ直して本当に選手ががんばってくれた」  --選手たちへメッセージ  「本当にすごい選手たち。毎年、力をつけて成長している。3連覇という歴史を作ってくれた選手によく頑張ったという言葉しかない」  --ファンにメッセージ  「選手たちが力を発揮できるのはこのたくさんの声援があってこそ。マツダだけでなく、地方でも大きな声援をいただいて感謝している」  --日本一です  「1つの目標を達成した。でもゴールじゃない。日本一というゴールに向かって戦いは続きますので声援をよろしくおねがいします」

◆セ・リーグは26日、広島が3年連続9度目の優勝を決めた。優勝へのマジックナンバー「1」で臨んだ本拠地マツダスタジアムでのヤクルト戦に10-0で勝利。8試合を残し、セ・リーグでは過去に巨人しか達成していない3連覇を果たした。 元広島監督の山本浩二氏の話 「3連覇はすごいこと。すごいチーム力。各選手が状況を考え、自分の役割を全うしている。日本一のチャンスは十分ある」 前広島監督の野村謙二郎氏の話 「今年が一番厳しく、難しかったと思う。ただ、この3年間で変わっていないのは、しっかりとした育成システムから成す選手層の厚さ。手応えのある、うれしい優勝だと思う。おめでとう」 広島・松田元オーナーの話 「ようやくマツダスタジアムで胴上げを見ていただけた。建設されて10年の節目の年。その年に3連覇を果たし、その瞬間を見ていただけて感無量。良きファンの人々に恵まれ、私たち球団は幸せな球団だと思っています」 斉藤惇コミッショナーの話 「心からお祝い申し上げます。セ・リーグ2球団目となった3連覇達成は、リーグの歴史に新たな一ページを刻みました。西日本豪雨では地元広島も甚大な被害を受け、7月9日からの3連戦を全て中止せざるを得ないという出来事がありました。改めて、地元と共に歩んできた球団としてのご英断だったと思います」

◆今季限りでの現役引退を発表している新井は、緒方監督の胴上げ後に、チームの中心で宙を舞った。事前に断っていたそうだが、ファンの「新井コール」に後押しされて注目の的となり「本当に最高だった」と照れくさそうに笑った。  この日は七回に代打で出場し、三ゴロに倒れた。一塁守備にも就いて地元での歓喜の瞬間を迎えた。「自分の思い出にもなった。ファンの方が喜んでくれているのも伝わったので格別だった」と充実感たっぷりに振り返った。

◆ヤクルトは大敗し、目の前での胴上げを許した。小川監督は「3連覇はすごいこと」と潔く王者をたたえた。先発のブキャナンが一回に不運な当たりも絡んでいきなり5失点。打線も九里の前に沈黙した。  次の目標は2位を確保しての本拠地でのクライマックスシリーズ開催。小川監督は「切り替えてまた勝てるように頑張るだけ」と冷静に話した。 ブキャナン(5失点で11敗目) 「仕方ない」 青木(優勝の可能性がなくなり) 「悔しいが、とにかく2位で通過したい。ここでまた広島とやれるようにしたい」 ヤクルト・河田外野守備走塁コーチ(昨季まで所属した広島が優勝) 「もう一回、気を引き締めていくしかない」

◆昨年は右足首の骨折で優勝の瞬間は離脱していた鈴木。この日は2安打2四球で4番の役割を果たした。グラウンド上で歓喜を味わい「去年はベンチの中から光景を見ていた。守っていてああいうことがあったなと思って迎えたので感動した」とぐっと涙をこらえた。  今季もけがで不在の期間はあったものの、自己最多の30本塁打をマークし、責任感たっぷりに打線をけん引。この一戦でも、中心選手としての成長ぶりを示した。

◆広島の中崎が3年連続の"胴上げ投手"になった。九回に大歓声を浴びながら登板し、3人で完璧に締めた。最後は3番山田哲を空振り三振に仕留め「最後は三振を狙っていた。その瞬間は(頭が)真っ白ですね」と興奮気味に話した。  今季は一年を通して守護神として君臨。ここまで30セーブを挙げ「しっかり1年間、チームに貢献できてうれしい」と充実感をにじませた。緒方監督は「ことし後ろの投手で一番頑張ってくれていた。最後は中崎に締めてもらおうと最初から決めていた」と話した。

◆セ・リーグは26日、広島が3年連続9度目の優勝を決めた。優勝へのマジックナンバー「1」で臨んだ本拠地マツダスタジアムでのヤクルト戦に10-0で勝利。8試合を残し、セ・リーグでは過去に巨人しか達成していない3連覇を果たした。 大瀬良「喜びというかほっとしている。勝たせてもらうことが多くなっていくにつれて、ローテの先頭を切って戦っていきたいという思いが芽生えた中で、1年間駆け抜けることができた」 会沢 「最高ですね。2年続けて地元で(優勝)できなかった。できてうれしく思う。一人一人が自覚と責任を持ってやってくれていた。僕はそこまで気負うことなく、みんなが頑張ってくれた」 丸の話 「360度見渡して、ファンの皆さんが喜んでくれていたのが本当にうれしかった」 鈴木の話 「マジックが1になってから、プレッシャーというか違った雰囲気があった。まだまだちゃんと仕事ができていないという思いはあるけど、今日の優勝は本当にうれしい」 新井の話 「自分の思い出になったし、ファンが喜んでくれているのも伝わったので格別だった」 菊池の話 「打てないときに守備やいろんなところでチームのために何かできればと思っていた」 一岡の話 「これまでより内容の濃い1年だった。自分にとっても勉強になった」 アドゥワの話 「何もかもが初めてで、いい経験ができた。この活躍は自分でも予想できない」 野間の話 「素直にうれしい。3連覇のメンバーに入れて、いい経験になった」 野村の話 「うれしいしかない。自分自身の成績は、なかなかうまくいかなかったことも多かったが、勝ててうれしい」 安部の話 「マジック1になったところで(1軍に)上げてもらって、使ってもらった。リハビリに付き合ってくれたトレーナーやスタッフに感謝です」 松山の話 「何回やってもやっぱり気持ちがいいもの。今日は僕らの本当の試合ができたと思う」 九里の話 「とにかくチームに勝ちを付けたかった。自分が目指していることはできた」 西川の話 「もっと貢献できるように頑張りたい。最後まで頑張る」 石原の話 「若い子が頼もしい限り。本当にいいチーム」 田中の話 「最高。いろいろ悔しい思いをしたので、今日は強い気持ちを持ってやった」 中崎の話 「本当にうれしい。最後の三振は狙っていたので取れてよかった」

◆広島はマツダスタジアムの駐車場で祝勝会を行い、歓喜の美酒に浸った。選手会長の会沢の「3連覇最高!」という号令でビールかけがスタート。用意された6000本が25分ほどでなくなった。最後は今季限りで引退する新井が「クライマックスシリーズは必ず突破して、日本一のチャンピオンフラッグを広島に持って帰りましょう」と締めた。

◆広島の緒方監督らは3連覇を祝うTシャツ姿で、緊張から解放された様子で会見に臨んだ。  「開幕当初は自分のことでいっぱいいっぱいだった」と振り返ったのは大瀬良。15勝を挙げ、勝ち頭に成長し「チームに勝ちを導いていけるようになりたいと強い気持ちを持って臨んで、結果としてもついてきたので野手に感謝している」とはにかんだ。

◆松山が一回、先頭・坂口の鋭いゴロを横っ飛びで好捕してアウトに。打っても2本の適時打を放って攻守で躍動した。2016年は勝ち越しソロ、昨年も先制打を放つなど3年連続で優勝決定試合で打点を挙げている"持ってる男"は「ラッキーだし、持ってる。(優勝は)何回やっても気持ちいいです」と充実の汗を拭った。

◆鈴木が一回に四球、二回に左前打、五回に遊撃内野安打、六回に再び四球の計4出塁で勝利に貢献した。昨年は8月に右足首を骨折してシーズン後半を棒に振り、歓喜の瞬間はベンチの裏で迎えた。「去年はベンチの中から見ていた。守っていてああいうことがあったなと思って迎えたので感動した。きょう勝ててすごくうれしい」と涙をこらえた。

◆優勝マジック1の広島は26日、マツダスタジアムでヤクルトに10-0で勝ち、球団史上初の3連覇で9度目のリーグ優勝を決めた。  リーグ3連覇を果たした広島が緒方孝市監督(49)に来季も続投させる方針であることが26日、わかった。球団幹部は「緒方監督の後はいない。(続投要請を)受けてくれるものと思っている」と説明した。就任4年目の今季も若手を積極的に起用。投手陣では19歳のアドゥワ、カープアカデミー出身の25歳のフランスア、野手陣では25歳の野間、23歳の西川が台頭し、厚い選手層をフル活用してセ・リーグを制した。

◆日本に軍靴の音がせまる昭和16年に刊行された『哲学ノート』のなかで著者三木清はこう書いた。  「希望に生きる者は常に若い...」  それはまるで今の広島カープそのものを象徴している。  やがて4年後に広島に原爆が落ちた。70年は草木が生えない...とまで言われた。そこからの日本人の再起と苦労と懊悩は繰り返すまでもない。  何をそんなに深刻になるんだ...と思われるかもしれないが、実は大阪・難波の編集局の窓際で秋雨前線の雨空を見つめてため息が出た。実は...筆者は広島の生まれ。父親の転勤であの悲惨なキノコ雲とその直後に広島に降った「黒い雨」は幸いに逃れたが、親戚は被災した。だからどんな雨もつらい。  だが...平和を象徴する広島カープが1950年に誕生し、1年目からセ・リーグのなかで万年最下位? と苦労した。ビリをはいずり回った。とてもじゃないがひたすら戦い、練習し、夢を追いかける日々。  そして...1975(昭和50)年に悲願のリーグ優勝にたどりつく。ルーツから引き継いだ古葉竹識監督は10月15日、夕暮れの後楽園球場で「本当に優勝したんですね...」とそう切り出した。初代MVPの山本浩二は子供のように号泣した。  刻々とマツダスタジアムはヤクルトを相手に"若いカープ"がリードを広げた。真っ赤な球場は沸点に達していく。それをテレビで見つめながら...フト、赤ヘルが初Vに直進していた43年前を思い出した。  ちょうど今の季節の9月27、28日、ヤクルトに連勝。30日、甲子園での阪神戦。ド緊張の赤ヘルは最大の試練といわれたこの試合に監督古葉は先発でエース外木場にあえて抑え起用をこっそりと命じた。それに外木場は見事に応える。  ○2-1...。偶然だが阪神の投手は広島OB安仁屋宗八。この夜、監督古葉は試合後に思わず涙を流している。『優勝』を確信した涙だ。  この頃、まだ中学生だった編集委員上田雅昭はのちに外木場を取材した時に「この一戦」を質問しないのに最もインプレッション(印象)の強い試合として挙げたことに驚いたそうだ。つまり指揮官と選手がひとつの点となってVに直進していた断面である。  マツダは終盤にも追加点が入ってもう大変! すると当番デスク席で大澤謙一郎はポツリと「実は僕は子供の頃、カープファンだったんですョ。高橋慶彦がカッコよくて...」だと。あのなぁ大澤ッ、とにかく優勝決定のドサクサでみんな忙しいんだからまぎらわしいことを言わず交通整理をやってくれい。  阪神は雨でDeNA戦が中止。日程が過酷になってきた。優勝騒ぎの宴を外れるってことはいかにミジメか...改めて雨空の甲子園でトラ番たちは空を見上げて肩を落としている。  箭内桃子記者は「広島にあって阪神に希薄だったモノですか...(1)活気(2)若手の活躍(3)逆転の機運かなぁ」とポツリ。新里公章記者は「(1)投手力(2)打撃力(3)選手力...え、投げる、打つ、走る...全部少しずつ微妙に違いました」といった。  かくして...やっとカープは地元でファンに雄姿をみせてゴールした。巨人以外で3連覇は赤ヘルだけなのだ。  あ、歓喜の赤ヘル党の皆様。そして昨夜は半分ヤケ酒の猛虎党の皆様も来年の勝利の参考書としてサンスポは特別版『カープ3連覇』(税込み1000円)を29日からコンビニ、書店などで緊急発売します。編集を担当したデスクの野下俊晴は「松田元オーナーのインタビューがとても熱かった...」と言ってました。もう一度、あえて三木清の言葉を書いておきます。  「希望に生きる者はつねに若い...」

◆会沢はこの日「7番・捕手」でフル出場。一回に左前適時打を放ち、守っても九里、中崎を完封リレーに導いた。「最高ですね。一人一人が自覚と責任を持ってやってくれた。僕はそこまで気負うことなく、みんなが頑張ってくれた」。女房役らしく周りを立てて控えめに話した。

◆121球の力投で歓喜の瞬間をもたらした。九里が8回を2安打無失点。5-0の四回、連打と四球で無死満塁のピンチを招いたが、4番・バレンティンを一飛。雄平を遊ゴロ併殺に仕留め無失点で切り抜けると、マウンドで雄たけびをあげた。「一つ一つアウトを取れたらと思って投げていた。こういう投球を続けていかないといけない」。優勝を決めた右腕に緒方監督も「今シーズン一番の投球をしてくれました」と絶賛した。 広島・大瀬良 「素直にうれしい。開幕当初はいっぱいいっぱいだった。勝つにつれて先頭に立ちたいという気持ちが出てきました」

◆中崎が九回に登板し、三者凡退で締めくくった。最後は山田哲を空振り三振に仕留めて3年連続の胴上げ投手となり、巨人・高橋一三(1971-73年)以来45年ぶり史上2人目の快挙を成し遂げた。「本当にうれしいです。最後は三振を狙っていました。とれて良かったです」。  今季は開幕から抑えを任されて8月8日の中日戦(マツダ)では球団史上4人目&球団史上最速(25歳363日)の通算100セーブを達成。D6位で入団した26歳の右腕が赤ヘルの歴史に新たな1ページを刻んだ。

◆目の前で広島のリーグ優勝を決められ、小川監督は「3連覇はすごい。そういう思いしかないです」と脱帽した。先発・ブキャナンが一回、不運な安打が重なるなどして5点を失い、序盤から主導権を握られた。広島戦は今季5勝18敗。クライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージで再び激突する可能性もあるが、青木は「優勝を目指していたので悔しい」としながら「2位で通過して神宮でやりたい」と前を向いた。

◆ヤクルト・小川監督 「対戦成績(5勝18敗1分け)が物語っているように強さを感じる。打線も下位から上位まで、どこからでも得点ができる強さがある」 巨人・高橋監督 「広島に勝てていない現実がある。悔しい思いを糧にクライマックスシリーズに行き、もう一度挑戦する機会をつくりたい」 DeNA・ラミレス監督 「シーズンを通して素晴らしい野球を安定してやってきた。投打がよくて、戦い方を分かっている理想的なチームだと思います」 中日・森監督 「3連覇を狙ってできるのはすごいこと。調子が悪い選手がいても、他の選手が出てくる。カバーできていた。ホームであれだけ勝てれば強い」

◆酸いも甘いも味わったプロ20年の思いがどっとあふれ出た。新井の最後のリーグ優勝は笑顔でいっぱい。球場全体から鳴り響く新井コール。広島に生まれ、広島ファンに最も愛されたスラッガーが緒方監督に続いて5度、宙を舞った。  「やっぱりね、最高でした!! (胴上げは)事前にいいからといっていたんだけど、やってもらって本当にありがたい。ファンの皆さんにありがとうということしかないです」  10-0の七回二死一、二塁に代打として登場。三ゴロとなったが、球場から大きな拍手が送られた。  5日に「若手の成長」を理由に今季限りでの現役引退を発表。球場で球界OBに会う度に「まだまだやれるのにもったいない」と惜しまれ「いやもう...」と返答に困って苦笑いする姿はほほえましかった。9日のナゴヤドームでの中日戦、16日の神宮でのヤクルト戦では相手チームから花束を贈られ、両軍の観客から拍手をもらった。敵味方関係なく愛された。  打席に入ると、右翼席の応援団は「ARAI25」と書かれた大きな応援旗を掲げる。この旗は2007年にFA宣言した際、残留を望む人の寄せ書き入りで応援団からもらった。阪神移籍後も広島市の実家で保管していた。15年に広島復帰後、応援団に返却。引退発表して応援団が再び掲揚し始めた。「もちろん、見えているよ」。感謝の気持ちは尽きない。  7月の西日本豪雨では故郷広島が甚大な被害にあった。試合での全力プレーはもちろん、グラウンド外でも選手会の一員として募金の呼びかけに参加。個人でも義援金を送った。27年前の1991年、当時中学3年の貴浩少年は、テレビで赤ヘル戦士がグラウンドでファンの前でビールかけをする映像を見た。「楽しそうだった」。いつか、あんなふうにファンを喜ばせてみたい-。夢をかなえ、被災から立ち上がる地元に笑顔を届けた。  「自分たちはセ・リーグのチャンピオンチームだけど、挑戦者の気持ちで。絶対にクライマックスシリーズを突破するんだと臨んでいきたい」  ドラフト6位以下の入団では史上2人目の通算2000安打を達成(当時)、セ・リーグ歴代最年長MVP(39歳)に輝くなど、持ち前のパワーと努力で数々の奇跡を起こした。全国的に無名だった駒大時代の1999年、阪神からの自由契約を選択した2015年。2度も温かく迎え入れてくれたカープで日本一を達成して最後の花道を飾る。 (原田遼太郎)

◆広島がヤクルトに勝ち、球団史上初の3連覇で9度目のリーグ優勝を決めた。昨年のセ・リーグMVPの丸佳浩外野手(29)は今季も打率・324、38本塁打、95打点の活躍でチームをけん引し、球団史上初の2年連続の戴冠が濃厚。  8月に国内フリーエージェント権を取得した丸は権利の行使については「まだ何も考えていない」と話すにとどめている。昨季はセ・リーグMVPに輝き、今季もMVP級の活躍。複数球団が関心を示す中、球団幹部は「チームの核になっているのが大きい。当然、最大限引き留めないといけない」と慰留する方針を明かしている。

◆広島がヤクルトに勝ち、球団史上初の3連覇で9度目のリーグ優勝を決めた。昨年のセ・リーグMVPの丸佳浩外野手(29)は今季も打率・324、38本塁打、95打点の活躍でチームをけん引し、球団史上初の2年連続の戴冠が濃厚。クライマックスシリーズ(CS)突破、そして34年ぶりの日本一へ、最強のスラッガーが導く!  中崎が空振り三振で27個目のアウトを取った瞬間、外野陣でハイタッチし、満面の笑みで歓喜の輪へ駆け寄った。赤ヘル打線の核となってチームをけん引した丸が優勝の喜びを爆発させた。  「(地元優勝は)同じ優勝でも違うものがあった。360度、ファンの皆さんが喜んでくれるのを見るのがうれしかった」  大一番でそのバットはさらに輝いた。一死二塁で迎えた一回、ブキャナンの132キロのチェンジアップを一閃して先制の中前打を放ち、一挙5点の口火を切った。45試合連続出塁とし、自身の持つ球団記録を3年ぶりに更新し、リーグ歴代5位の数字に並んだ。進化を続ける背番号9が、新たな歴史を刻んだ。  太平洋に面した千葉県の勝浦市出身。テレビゲーム好きの少年は小学3年のときに友人に誘われて、ソフトボールを始めた。最初は理髪店を営んでいる父・浩二さんの指導を受けて「練習は毎日すること。自分が納得できるなら素振り10回でもいい」。晴れの日はもちろん、雨でも約束を守った。憧れの巨人・高橋由伸(現巨人監督)がスイングを安定させるため長い竹ざおで素振りしていたと知り、学校から3メートルの竹を持ち帰って両親を驚かせたこともある。少年時代から研究熱心。そんな野球への情熱は、今も燃え続けている。  昨年12月下旬に帰省したとき、うれしいサプライズがあった。勝浦駅の前を通ると赤い横断幕が張られていて「祝セ・リーグMVPおめでとう」のメッセージ。近くで見てみると「同級生地元有志一同」と書かれていた。幼なじみが発起人で、同級生がお祝いしてくれたと知った。広島に戻ると有志1人1人にお礼の手紙と直筆サイン入りユニホームを送って、感謝を伝えた。広島から約725キロ離れた故郷の期待を背負って、スタートラインに立った。  強い覚悟で臨んだ今季だったが、2月の春季キャンプ序盤に右肩痛を発症。開幕後の4月28日の阪神戦(マツダ)で右太もも裏を痛めて連続試合出場が700で止まり、約1カ月離脱した。慢性的な腰痛にも悩まされたが、体にムチ打ってストイックな姿勢を貫いた。  本拠地でナイターのときには午前中に球場入りし、トレーニング。練習ではフルメニューを消化し、試合前は早めにベンチ入り。バットのグリップ部分をやすりで磨き、滑り止めが入った袋を後ろのポケットへ入れて試合へ。断酒して、休日はコンディション維持や相手の情報整理に時間を割いて"無休"でシーズンを突っ走った。  「昨シーズンは悔しかったですけど、ある意味いい経験をさせてもらったので。この経験をいかしてやりたい」  昨季セ・リーグMVP男が2年連続で文句なしの活躍。山本浩二氏に次ぐ"新・ミスター赤ヘル"が34年ぶりの日本一で新たな黄金期を築く。 (邨田直人) ★6000本ビール25分で泡  マツダスタジアムの駐車場で歓喜のビールかけが行われた。酒だるの鏡開きに続き、選手会長の会沢の「3連覇、サイコーです!!」の号令でスタート。優勝記念の赤いTシャツ姿のナインが大はしゃぎで喜びを分かち合い、約6000本のビールが25分足らずでなくなった。最後は新井が「CSは必ず突破して、日本一のチャンピオンフラッグを広島に持って帰りましょう」と締めた。2軍のメヒア、下水流らも参加した。

◆優勝マジック1の広島は26日、マツダスタジアムでヤクルトに10-0で勝ち、球団史上初の3連覇で9度目のリーグ優勝を決めた。就任4年目の緒方孝市監督(49)は9度、胴上げされた。本拠地での優勝は1991年以来27年ぶり。日本シリーズ進出を争うクライマックスシリーズ(CS)には、10月17日から始まるファイナルステージから出場。34年ぶりの日本一へ挑む。  マジック「1」の"金縛り"からようやく解放された先には感動の光景が待っていた。緒方監督は球団史上初、セ・リーグでは巨人以外で初めての3連覇を達成。ベンチでスタッフと喜びを分かち合うと、マウンド付近でナインの手によって優勝回数と同じ9度、宙を舞った。  「ファンの皆さん、リーグ優勝、3連覇、おめでとうございます!! ことしは『絶対にマツダで優勝を決めるんだ』と選手には言ってきた。ファンの方と一緒になって胴上げしてもらっているみたいで、本当に夢のような時間だった」  一回に田中の単打、菊池の犠打、丸の中前適時打であっさりと先制した。タナキクマルの躍動で勢いに乗った打線は、この回一挙5得点。その後五-七回まで3イニング連続で得点を重ねて、10-0の圧勝。地元では27年ぶり、開場10年目のマツダスタジアムで初めて優勝を飾り、地鳴りのような歓声が沸き起こった。  「大丈夫か!!」。7月上旬に記録的豪雨が西日本を襲った。東京遠征中の指揮官は、すぐに広島市の自宅のかな子夫人(45)に電話を入れた。「雨がすごい。避難勧告が出ている。私の母親の家に避難している」。家族の無事を聞いて、胸をなで下ろしたが、広島に戻ると県内は広範囲に渡って浸水し、大規模な土砂災害が発生していた。高校卒業後、広島で過ごして30年以上の指揮官は被害の大きさに「悲しい」と吐露。同時に無力感を感じた。  「優勝して、元気を届けないと...」  自宅のリビング。かな子夫人のひと言が胸に響いた。「うん」。改めて優勝への思いを強くした。  使命感を持って臨んだ8月。猛暑と過度なストレス、疲労で体調を崩した。高熱による立ちくらみに気づいた家族が心配したが「何もない」と突っぱねた。朝早く1人で家を出て、病院で点滴を打って球場入り。弱音を吐かず、人前で薬の服用を避けるなど徹底して"鉄仮面"をかぶった。  そして、変化をいとわない大胆采配で3連覇への重い扉をこじ開けた。2連覇を支えた1番・田中、2番・菊池、3番・丸の"聖域"をとっぱらった。8月4日には調子の上がらない菊池を8番へ。18日には田中も下位へ降格。「絶対的レギュラーなんていらない。壊したっていいし、それを怖がっちゃいけない。タナキクマルは自分がつくったし、別にずっとその形で行ってもいい。でもそれでは何年も勝つことなんてできない」。チャンスを得た野間や西川が躍動。独走態勢を築いても競争をあおって、緊張感をもたらした。  年末年始は故郷の佐賀・鳥栖市にたった1人で帰省した。2年前に大病を患って家業の鮮魚店を退いた父・義雄さん(83)が1人で暮らす実家に戻り、1995年に病気で他界した母・孝子さん(享年52)の遺影に手を合わせた。新年のあいさつ回りで忙しくてすれ違いのまま数日過ごし、広島の自宅に帰ろうとしたとき、父に呼び止められた。「俺が死ぬまでに日本一になるところをみせてくれ」-。寡黙な男は首をタテに振って静かにうなずき、力強く一歩を踏み出した。  「リーグ優勝という目標は達成した。ただゴールはここではない。日本一のゴールに向かってまだまだ戦いを続けていきたい」  一昨年は日本ハムとの日本シリーズ、昨年はDeNAとのクライマックスシリーズで敗退。3度目の正直に燃える49歳の若き指揮官が、平成最悪の豪雨で傷ついた広島の街に34年ぶりの日本一を届ける。 (柏村翔) 広島前監督の野村謙二郎氏 「ことしが一番、厳しく難しかったと思う。緒方監督にとって一番やりきった手応えのある優勝だと思う。おめでとう」 元広島監督"ミスター赤ヘル"こと山本浩二氏 「3連覇はすごいこと。すごいチーム力だよ。日本一のチャンスは十分にある。1984年といえばワシがまだ現役のころ。そろそろね」

◆球団史上初のリーグ3連覇、おめでとう! 広島が1979、80年に日本シリーズを連覇したときのリリーフエース、江夏豊氏(70)がサンケイスポーツに特別メッセージ。生え抜き中心の今のカープの方が「ずっと魅力がある」と話し、日本一をつかむことを期待した。(聞き手=上田雅昭)  カープの後輩たち、おめでとう。今の時代、連覇でも大変なのに3連覇を成し遂げるなんて、本当に素晴らしい。誇らしく思う。  最近、よく尋ねられる。連覇した約40年前のチームと比べてどうか? とね。「今のカープのほうがずっとずっと魅力がある」と答えている。理由は1つ。頑張っているのが、チームの生え抜きの選手ばかりだから。  田中、菊池、丸、鈴木。投手陣も抑えの中崎を筆頭に生え抜き中心。外国人選手にしても、活躍しているのはカープアカデミー出身。生え抜きみたいなものでしょ。  われわれが連覇した当時は山本浩二、衣笠祥雄という中心になる2人がいて、北別府学、水谷実雄、三村敏之、高橋慶彦、道原裕幸、水沼四郎ら生え抜きもいた。そこに移籍組の私もいたし、福士明夫もよく頑張った。外国人のライトル、ギャレット、デュプリーらはまさしく「助っ人」だった。  補強が悪いわけではない。ただ、本当のファンはその選手が入団したときから応援し続ける。阪神でいえば鳴尾浜。ファンは、見守り続けた選手が一人前になってチームを支えることほどうれしいことはない。そんなファンのために選手も頑張る。何年も勝ち続けるには、生え抜きが多ければ多い方がいい。  V9時代の巨人がそうでしょ。ON(王貞治、長嶋茂雄)がいて、それを支える土井、柴田、高田...。投手では堀内、高橋一三さん。寄せ集めではなく、生え抜きばかり。だからあれだけ勝ち続けられた。今の広島にも、それに負けないぐらいの安定感を感じる。  もちろん、緒方監督の手腕もたたえたい。菊池、田中の二遊間に中堅・丸。このセンターラインをつくり上げたことが3連覇の原動力。そして、抑えの中崎。他にも候補がいたのに、全く実績のない時期から「この投手」と見込んで使い続けた。緒方監督の大ヒットだろう。JFKを作り上げた阪神・岡田元監督に通ずる能力を、緒方監督には感じる。  先ほど、今のカープのほうが魅力を感じると言ったけれど、こと勝負に限れば、私がいた当時の連覇したチームのメンバーは今以上にしぶとく、プロフェッショナルなチームだった。よく、「江夏がいたから連覇できた」と聞くけれど、私自身は「江夏がいなくても勝っていたチーム」だと確信している。それぐらいレベルは高かった。だから近鉄と戦った日本シリーズで、わずかの差ではあったけれど2年連続で日本一になれた。  先日、マツダスタジアムを訪れて松田オーナーと話したときも「日本一にならないと」と。もうひと回り大きなチームになるための大事な試合がまだ残っている。負けて涙を流すのではなく、勝って流せ。それが勝負事。楽しみにしている。 ★江夏氏の広島時代  1978年に金銭トレードで南海から移籍。3年間、リリーフエースとして活躍した。78年は49試合登板、5勝4敗12セーブ。79年は55試合登板、9勝5敗22セーブで最優秀救援投手。近鉄との日本シリーズ第7戦では1点リードの九回無死満塁の大ピンチをしのぐ「江夏の21球」で日本一に導き、リリーフ投手初の日本シリーズMVPに輝いた。80年も53試合登板、9勝6敗21セーブでタイトルを獲得し、2年連続日本一に貢献。同年オールスター第3戦でもMVPを受賞した。

◆2015年まで9年間広島に在籍した米大リーグ、ドジャースの前田健太投手(30)も古巣の3連覇に歓喜。サンケイスポーツ連載「It'sマエケンTime」の特別版として祝福のメッセージを寄せた。  V3おめでとうございます!! ぶっちぎりの3連覇。シーズンの勝敗だけ見ると"楽勝"に映るかもしれません。しかし、選手たちは追われる立場のプレッシャーを感じたのではないでしょうか。昨季、CSで敗退した悔しさ、日本一になりたいという強い気持ち。全員の思いが結実したのだと思います。  約1カ月前、中崎とメールのやり取りをしました。僕は8月から中継ぎを務めていて、リリーフ投手の大変さ、すごさを痛感しています。  「ザキのすごさが分かった」とメッセージを打ちました。彼は「もう慣れました」と。僕はクローザーのジャンセンが不整脈で離脱したことを受け、何試合かクローザーとしてブルペン待機しました。「チームの勝敗の最終局面が自分にかかっている」と考えながら戦況を見つめていると、相当なプレッシャーを感じました。だからこそ、後輩への尊敬も今までより大きくなりました。  26歳のザキは、最終回を任されて4年目。若くして、あの重責を果たしている精神的たくましさには頭が下がります。彼だけではなく、そういう選手が成長し、主力となったからこそカープは強いのだと思います。  カープが3連覇を達成し、ドジャースは地区6連覇が懸かっています。僕にとっては加入してから"3連覇"を目指すことになります。1年前、あと1勝届かなかったワールドシリーズ制覇に向かって僕も頑張ります。(ロサンゼルス・ドジャース投手)

◆今季から選手会長に就任した広島・会沢翼捕手(30)がサンケイスポーツに優勝手記を寄せた。今季は球団の捕手最多本塁打数を更新するなど、攻守でチームをけん引。引退する新井のこと、チームのこと、そして豪雨の被災地への思いなどを熱く語った。  開幕前の決起集会では「厳しい戦いが待っている。1人1人が自覚を持って頑張っていこう」とあいさつをした。選手会長として先頭に立つわけだから「プレーでもチームを引っ張っていく」という目標があった。正直すべてがしんどかったけど、9月9日の中日戦(ナゴヤドーム)で球団捕手最多の今季13号を打てた。球団の歴史に名を刻むことができて、報われた気がする。  それにしても今季は死球が多かった。8月16日の阪神戦(京セラ)では頭に当たった。何回目だったかな...。でも、打席で腰が引けていては、野球で飯を食べていけない。出塁率も上がるし、勲章と思うようにしている。  9月5日の新井さんの引退発表は、突然だったので驚いた。4日の試合後にロッカールームで初めて聞いた。新井さんはオフに護摩行を一緒にさせてもらっている、僕にとっての"アニキ"。選手会長に就任したときは「肩の力を抜いて頑張れよ」と助言をもらって気持ちが楽になった。  忘れていけないのは7月は西日本豪雨。遠征から帰ってきて、被害の大きさに驚いた。あのときは正直、野球をやっていいのかなという気持ちもあったが、僕たちはグラウンドでしか表現することしかできない。少しでも、野球を通じて元気や希望を届けられたらと願ってプレーをした。  だからこそ豪雨災害で中断後、初めての本拠地での試合だった7月20日の巨人戦の勝利は大きかった。あのカード3連勝してチームのギアがグッと上がったと感じる。  故郷茨城での試合(5月23日、ひたちなか)も思い出に残っている。茨城で公式戦はめったにないし、しかも巨人戦。2010年にも茨城で試合があって、直前で2軍に落とされてすごく悔しい思いをした。両親が見に来ていたので重圧を感じたが、2安打1打点。成長した姿をみせることができてホッとした。  4月にはOBの衣笠祥雄さん(享年71)が亡くなられた。キャンプや遠征先で笑顔で「頑張れ」と声をかけてくださった。シーズンの最後に良い報告ができるようにとみんな思っている。今年こそは日本一になりたい。日本一はどういう世界なんだろう。短期決戦は本当に難しい。でも、みんなが目標に向かっていけば達成できると思う。 (広島カープ捕手)

◆カープ新世代へ-。球団史上初となる3連覇を成し遂げた広島で、主力級に成長した野間峻祥外野手(25)、西川龍馬内野手(23)の若鯉2人が、スペシャル対談に登場。関西出身の2人が今季限りでの現役引退を表明した新井貴浩内野手(41)との思い出や今季の戦い、そして寮生活などを熱く、オモロく!? 語り合った。 (進行・構成=柏村翔) ★(1)ミス以上にみんなが打つ  --今季は2人とも好成績を残しての優勝に  野間 まだこうやって続けて試合に出たことがないので、1試合1試合を必死にやっていこうという感じです。  --打席で追い込まれてからの粘りがすごい  野間 前に飛ばすことは(相手野手も)嫌だと思う。三振はできるだけしない。追い込まれれば、何とか泥臭くいければいいかな、と。  西川 守備でポロポロしているんで話にならんのですけど...。僕は打つしかない。そういう考えしかないです。  --今季、印象に残った試合は  西川 野間さんは(プロ初の)満塁ホームラン(5月19日、マツダでのヤクルト戦)じゃないですか?  野間 ちゃう。神宮(4月3日のヤクルト戦)で龍馬(西川)が高~いフライをグラブに当てずスルーした試合が思い出に残っています。  西川 僕もそれしか出てこんかった。ヤバかった。初めてですよ、あんなん。丸さん、めっちゃ笑ってたし...。  野間 他は、どうですかね。今年は結構、初が多い。(6月6日、マツダでの日本ハム戦で自身初の)サヨナラもですし。あとは龍馬を『いい送球するなあ』と思ってみています!  西川 俺がやらかしたら、外野はみんな笑ってますからね。  --ミスを誰かがカバーするのがカープ野球  野間 やってもうたものはしようがない。  西川 それ以上にみんなが打つのでね。  野間 ミスして、ベンチが暗くなる感じはそんなにないですかね。だから、逆に僕たちが思い切ってやらせてもらっている。しゃーない、と。そういう感じの雰囲気はあると思います。  --ミスしたとき、緒方監督から怒られたりは  西川 まったくないです。玉木さん(内野守備走塁コーチ)にドヤされるぐらい。  --カープは20代の選手が活躍。ベンチの雰囲気が影響している  野間 チームの雰囲気的に、やりやすい。新井さんだったり、石原さんだったりが作ってくれていると思います。  西川 やりやすいです。周りがそういうふうにしてくれているかなと。1年目から。だから僕みたいな若い選手でも何とかやっていけるんかなという感じです。 ★(2)タナキクマルいつか超える  --タナキクマルからまた、新たな世代へ  野間 僕はことし試合に出たばかり。まだまだ足元にも及びません。いずれはチームを引っ張っていけるようになりたいです。  西川 高い壁です。いつかは越えられるようにしたいですね。  --そんな中、9月5日には新井選手が今季限りでの引退を発表した  西川 4日の阪神戦後に、ロッカーに全員集合、みたいな...。ビックリしました。  --思い出は?  野間 何度かですが、食事に誘っていただきました。僕たちに『食え、食え』と。  西川 ひたすら皿いっぱいに肉が盛られるというね(笑)  野間 そうそう! 新井さんが(肉を)焼いてくれて。  --どのような話を  西川 『もっとあそこをこうしたらいいんちゃう』『もっとこうしたら試合に出られるんちゃう』とかですね。  野間 試合中やロッカールームでも、ちょっと自分が調子悪いときに聞いたりしていましたね。  --どんな先輩?  西川 最強です。  野間 アスリート(広島市内のトレーニングジム)でも一緒にトレーニングしているので。すげえなと。41歳ですか? 元気だなと。  --守っている教えは  野間 野球に対する姿勢だったり、一塁まで全力疾走するとか。手を抜いてしまうようなことを率先してやる。その姿を見て、僕たちがやらないわけにはいかない。  西川 (本職の)三塁だけでなく、一塁とか外野とかも練習して自分の出られる範囲を増やすことで出場機会が増えてくるんじゃないかと。『ちょっとでも練習していた方がいいよ』と助言してもらったので、一塁で(ノックを)受けたりしています。  --新井選手はフォア・ザ・チーム精神が強い  西川 『思いきってプレーしなさい。わけえ(若い)んだから』としか言われません。  野間 『(試合に)出てないときは声を出せよ』と。すごく盛り上げてもらっている。吸収できることがまだまだある。とにかく一緒に日本一になりたい。 ★(3)新井さん引退...日本一で終わりたい  --関西出身の2人は仲が良い  野間 (西川が)1年目からですね。えらい"スカした"奴が入ってきたなと(笑)  --野間選手と初めて会ったときの印象は?  西川 新人合同自主トレ中に大野(練習場)にレクサス(トヨタの高級車)で来て。『西川です』ってあいさつしたら『おう!』と。  野間 うそつけ!  西川 『よろしく! 野間や!!』と...。  野間 絶対、そんなんちゃうわ~。  --2人で1軍で活躍。喜びを感じるのでは  野間 うれしくないです(笑)。でも龍馬は打撃がいいし、すぐに出てくるだろうと思っていたので、ビックリすることはなかったです。  西川 (野間さんの長所は)見ればわかるでしょ。身体能力ですよ。トリプルスリー(級)ですよ!  --2人が昨年まで過ごした広島市内の大州(おおず)寮では  野間 龍馬の部屋に行っても、居ないので...。  西川 おるわい! 部屋を空けていると、荒らされるから。たまにどっかに出て帰ってきたら(部屋が)ぐちゃぐちゃになっている...。  野間 居ないんで、隙だらけなんです。  西川 (夏に)暖房がつけられてたり。  野間 僕が33番の人(菊池)と一緒に(寮に)いたときはもっと悲惨でした。(西川は)まだ全然、マシです。布団の上にお菓子が敷き詰めてあったり、パンツが全部隠されていたり...。  西川 でも、寮はおもろい。僕のときはキクさん(菊池)がいなかったので平和っす。  --最後に34年ぶりの日本一への思いを  西川 僕が入って優勝、優勝ときていますが1年目は日本シリーズ、2年目はCSで負けた。新井さんが今年で引退されるし、何とか日本一で終わりたいと、みんな思っている。最後まで必死にやりたいです。  野間 同じく。それしかないです。  西川 野間さんが試合に出て、打って、走って、守ったら勝てます。キーマンですね。  野間 お前もやぞ! page: 7 「3連覇じゃ」とポーズをとる野間(左)と西川(撮影・加藤孝規)【拡大】 ★西川出場なし  野間は優勝を決めたこの日も「6番・左翼」で先発出場し、一回に投前適時内野安打、五回には右翼へ適時三塁打を放ち、3安打2打点と活躍。この日は出場機会がなかった西川に「どやっ」と胸を張ってみせた。

◆球団史上初のリーグ3連覇を果たした広島・松田元オーナー(67)がサンケイスポーツのインタビューに答えた。緒方監督への信頼、引退する新井への感謝やドラフトなど今後のチーム作りのことまで、カープへの熱く、温かい思いがあふれた。 (聞き手=柏村翔) ★(1)今秋ドラフトは野手「いかないけん」  --球団史上初の3連覇を達成。要因は  「1つは緒方の厳しさがある。1年を通じて非常に感じたこと。どうしても勝つんだと、意志をあらわしている。もう1つは新井を中心に"兄弟の絆"というか、チームの結束を感じた。ガチッとしたものがあった。兄弟げんかするヤツがいるかもしれんけど、外に対しては強い絆を持って、戦っている。この2つがすごく大きかったと思う」  --緒方監督の手腕は  「下(2軍)からきた選手を必ず使う。これはなかなかできんよ。フランスアとアドゥワ。下から推薦された選手で生き残った選手が勝利に貢献している。これは大きかったんじゃないか」  --8月には1番から3番の田中、菊池、丸の打順を解体した  「選手に遠慮しちゃいけんわいや。自分の中で構築していけばいい。苦しみながらやっていると思うけれど(緒方采配は)毎年成長していると思う。今年は特に。1年目は無我夢中、2年目は苦しみながら、3年目は何が何でも勝つ。いろいろな側面をみせている。すごいなと思う」  --オーナーも今季の戦いぶりには安心感が  「ないよ。わしは弱気なんじゃ。今でも不安に思う。CSで負けるんじゃないかとか」  --験を担ぐために本拠地の試合では五回に球場を去るとか  「(さらに)同じコンビニに行って同じものを買う。(帰宅後も試合を)見んと、じっとしている。(勝っているときは)ネクタイから下着まで勝つときのパターンが決まっている。陰ながら努力はしとるんじゃ」  --ドラフトでの成功が大きい  「大きいと思うね。コンスタントに成功しとる。スカウトがいいのを選んできているということ。助かる。投手の成功はファームの佐々岡(2軍投手コーチ)じゃの」  --ドラフト時に選手のポジションや年齢を一覧にした「年齢別選手表」を使用。フォーマットはオーナーが発案した  「そうよ。スカウト会議は若い頃からずっと出ておる。そのときに戦力のバランスを見んといけん。誰が何歳か。年齢のバランス。どこに空白があるか見ればすぐわかるようにしている」  (続けて)  「去年は(地元広島出身の広陵高の)中村(奨成捕手)を(1位で)獲っているけど、われわれからしたらピッチャーがほしかった。じゃけど、これは絶対に獲らないけんと。通常はああいうことはせん(前年に同じ高校生捕手の坂倉を4位指名)」  --田中、菊池、丸の世代は戦力が充実。その5年後の世代はどうか  「すごく焦っとる。投手はある程度の選手を獲っとるけ、その中から何人か出てくる可能性がある。野手は鈴木誠也を中心とした若いチームを作るときに、ものすごく少ない。空白がある」  --今秋のドラフトは野手を指名するか  「いかないけん年じゃろうな。野手の方が多いんじゃないかな。内野手を獲ると、外野に回せる。足が速ければ外野に回せるから大丈夫という感覚でいる」 ★(2)引退の新井は「4年間楽しませてくれた」  --かつてはFA権を行使して移籍する選手も  「旧広島市民球場のときに出ていった選手は優勝がしたいとか、球場が古いとか。そういう要素。うちの球団の悪いところ、弱いところが少なくなってきた」  --新井が今季限りでの現役引退を表明した  「新井の存在感は大きいよ。あんな雰囲気、生まれん。みんなものすごくガチーンとスクラムを組んだ感じがある。よそのチームと異質な感じ。プレー以外でも、たくさんの功績を残してくれた。(広島に戻って)4年間、楽しませてくれた。一生懸命さで、あの笑顔で...素晴らしい」  --仮に引退を決意する前に相談されていたら  「だめよと。当たり前じゃよ」  --寂しくなる  「そうなんよ。石原がおるけえ。ああいう年寄りがおると、わしらの心の支えになる」  --新井イズムを若手が継承する  「新井がおることによって(若手の)ポジションがとられてしまうと(本人が)言うけえ、そんなことあるかと。おらんようになったからって(若手が)力以上のものを発揮できひんわいと。本人に明確に言うたったんや。ええ例は衣笠(祥雄)さん、山本浩二さんがいるとき、その下に期待の若手を2人か3人か入れとった。(でも)ほとんど結果が出んかった」  --今季のキャッチフレーズの「℃℃℃(ドドドォー!!!)」はオーナーが発案したとか  「そうなんよ。最後にわしのところにくるけど全部だめじゃと。(サンプルの中に)一部だけ『C』があった。これをもっとふくらまして『℃℃℃』になった。シャワーを浴びているときに、Cを3つ並べたらおもしろい、と。(℃の下に)足つけえやと。(締め切り)ぎりぎりになったけどな」 ★(3)阪神3連戦の中止「随分悩んだ」  --7月には西日本豪雨があった  「マツダでの(7月9-11日の)阪神3連戦を休んで、再開後の巨人戦(20-22日)で3連勝したじゃない。あの3連戦は(内容的に)3連敗してもおかしくなかった。被災者たちに何か見せないといけないという強い気持ちがあったと思う。じゃないと、ああいうことはできない」  --阪神3連戦の中止を決断した経緯は  「1試合だけでもしようかと悩んだけど。前日にちょっと無理じゃと。当初より悪い情報しか入ってこなかった。いつも(阪神オーナーの)坂井さんを見たら『すみません』って言う」  --決断に迷いは  「野球人としては何としてもやるべきなんや。地域の人間としてはどうじゃろうかと。それを両てんびんにかけて、結果的に地域としての人間の方を選んだ感じ」  (続けて)  「絶対、日本一になりたいよね。ちょうどマツダスタジアムができて10年目になる。10年目で日本一になったらうれしいじゃない」  --観客は毎試合満員だが、グッズ収入は  「落ちとる。新井の引退グッズと優勝関連のグッズでどこまで持ち直すか。今まで異常だったのが、普通に戻りつつある、ということ」  --雑誌の切り抜きをしてアイデアをためる  「最近は球場改修とか多い。球場ではないけれど、バスタブに入ってシャンパンを飲みながらっていう場所があると聞いて、面白いなと。バスタブは置けんけえ、どこか球場の広場にプールを置いて子どもが水遊びするものを作ろうかと」  (続けて)  「野球興行全体を見たときに、競技が一番。次にアミューズメントが出てこないといけない。それにグルメ、グッズ。野球が好きな人でも嫌いな人でも、この球場に来てくれれば何かおもしろいよと。そういうことをやっていきたい。(これからは)野球場に来ることで、心が温かくなる、そういうものを目指してやるべきじゃないかと思っている」 ★長期政権希望  緒方監督は来年が就任5年目になるが、松田オーナーは「当分の間やってもらえればありがたい。きまじめにやってくれているし、フロントのこともわかっている。そういう監督は貴重」と長期政権を望んだ。5月にフランスアを育成から支配下選手にしたときに緒方監督が「ありがたいです」と言っていたと伝え聞いたといい「あの当時の(未知数の)フランスアで『ありがとうございます』言うくらいじゃけえ」と笑った。 ★トラックマン構造上難点が  トラックマンを導入する球団が増えているが、広島は見合わせている。松田オーナーは「ネットが地面まで引っついているので、どこかに穴を空ける必要があるが、(選手が)けがをする可能性が出てくる」と構造上の問題で難しいと説明。「買った(導入した)場合は、マウンドとブルペンでのスピン量の違いをみてみたい。ブルペンではいい球を投げるのに...というのがあるやろ。比較はできる。あとはリハビリで(故障前と比較して)矯正していく。相手チームのことはビデオで十分じゃないか」と持論を語った。 ★広島球団史  原爆の爪痕が残る広島に市民球団として誕生した。1950年、2リーグ分立に伴ってセ・リーグに参入。当初は経営難に苦しみ、球場入り口にたるを置いて「たる募金」も行われた。75年にルーツ氏が監督に就き、途中から指揮を引き継いだ古葉監督の下、リーグ初優勝。79年は強打者の山本浩と衣笠、抑え投手の江夏の活躍などで日本シリーズ初制覇。翌年も日本一に輝き「赤ヘル軍団」の黄金期を迎えた。  しかし91年のリーグ優勝の後、98年から15年連続Bクラスと低迷。2009年にマツダスタジアムを新設し、13年にクライマックスシリーズ初進出。15年から緒方監督が率い、16年に25年ぶり7度目のリーグ制覇、昨年37年ぶりの2連覇を達成。今季、球団史上初の3連覇を成し遂げた。オーナーは松田元氏。  球団名の「広島東洋」は、球団の主要株主である地元の自動車メーカー「マツダ」の旧社名「東洋工業」に由来する。

<セ・リーグ順位表推移>

順位チーム名 勝数負数引分勝率首位差残試合 得点失点本塁打盗塁打率防御率
1
(-)
広島
78552 0.586
(↑0.003)
優勝
(↑1)
8691
(+10)
615
(-)
172
(-)
84
(+1)
0.265
(↑0.001
4.12
(↑0.03)
2
(-)
ヤクルト
68642 0.515
(↓0.004)
9.5
(↓1)
9617
(-)
637
(+10)
124
(-)
65
(-)
0.267
(↓0.001)
4.21
(↓0.03)
3
(-)
DeNA
63692 0.477
(-)
14.5
(↓0.5)
9543
(-)
623
(-)
172
(-)
71
(-)
0.252
(-)
4.32
(-)
3
(-)
巨人
63695 0.477
(-)
14.5
(↓0.5)
6594
(-)
551
(-)
141
(-)
60
(-)
0.255
(-)
3.79
(-)
5
(-)
阪神
58692 0.457
(-)
17
(↓0.5)
14544
(-)
570
(-)
83
(-)
67
(-)
0.256
(-)
4.05
(-)
6
(-)
中日
61762 0.445
(-)
19
(↓0.5)
4586
(-)
643
(-)
95
(-)
59
(-)
0.265
(-)
4.42
(-)